« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

2007年2月28日 (水)

アクションとプロレス

Inoki
ここにアクセスしてくれる皆さんは、アクション、ヒーロー、映画、アメリカ好きの人が多いと思うので、ちょっと色合いが違う話かもしれないが、何を隠そう俺は70年代からアントニオ猪木さんのファンだった。特に80年代は初代タイガーマスクが出てきて、視聴率は毎週(!)20%以上という、今のK-1以上の熱いブームだった。格闘技という言葉を広めたのは猪木さんだったし、ニュースキャスターの古館伊知郎さんだってプロレス出身だ。K-1の前田日明さん、桜庭和志さんだって立派にプロレスラーだった。
 しかし、今ではK-1、PRIDEが昔のプロレス的ストーリーを綴って人気を獲得し、プロレスはニセモノにされて、細々と生きているようだ。追い討ちをかけるように、専門誌の「週刊ファイト」が休刊。タイミング悪く、民事再生法事件に巻き込まれ「週刊ゴング」も廃刊するという。プロレスというジャンル自体が瀕死の状態になっている。
プロレスとアクションというのはどこかしら共通点があって、肉体を鍛え、技を磨いた者同士が対決し、観客を魅了する。アクションの盛り上げ方なども、プロレスの試合にある起承転結からヒントを得たこともあった。それだけに、そのプロレスが衰退していくのはつらいものがある。
 アメリカでは、WWEという強力プロレス団体が、「内のプロレスはショーだ!」とカミングアウトして逆に人気を高めた。彼らが集めるプロレスラーは、全米レスリングチャンピオンやらカナダの実力者やらで体力、技術ともに世界レベルのアスリート。ショーだからと言って舐められはいけないと、レスラー側も必死の試合っぷりで、命がけのスポーツエンターテイメントを提供している。元々世界のツワモノなのだから、彼らの本気のエンタメファイトは見る者を魅了するのだろう。米国内のトイザラスにはWWEのコーナーも在る程、人気を保っている。
 海外では、一定の評価を受けているプロレス。力道山に始まって、色んな夢を見せてくれた、日本のプロレスに頑張って貰いたいと思うのは俺だけだろうか。

PS.「ゴング」廃刊は誤情報だったようです。すみませんでした。3/2/2007

| | コメント (2)

2007年2月27日 (火)

パートナーは次元大介、溝口友作氏

Yusaku
アメリカで日本のアクションを啓蒙しようと来米し、早13年が立ち、武芸カラテ、ソード学校のサムライアクションスタジオ(=サムライカラテスタジオ)を始めて4年が過ぎた。今ではLAのサウスベイ地区を中心に、ビバリーヒルズシティーの公認クラスになるまで成長し、多い時で100人の生徒が来てくれる。どれもこれも、皆さんの支持のお陰なのだが、ここで必要不可欠なスーパー武道エディターがいる。競争の激しいハリウッドでエディターとして活躍する溝口友作氏だ。
 彼は編集のゴールデントレーラー賞にノミネートされたツワモノで、アメリカの会社に身を置いている。このアメリカの会社にいるということが、結構凄いことで、純日本人がアメリカ人の会社にいられるというのは、雇われた能力が異常に長けていて、忍耐強いということだ。でなければ通常はアメリカ人が雇われるからだ。
 溝口氏はサムライアクションを立ち上げの5年程前に、アクションクラスにきていたのだが、柔道、剣道、空手、オール黒帯の技術と持ち前の感の良さで、日本のアクションを異例の速さで身に付けた。生徒を教える技術にも優れ、ステージショーでは柔軟で華麗な動きを見せる。ハリウッドでウルトラマンのスクリーニングがあった時に、ウルトラマンショーがあったのだが、視界の悪いウルトラマンダイナに入った時もその器用さで難なくこなしていた。
 冷静沈着、礼節もあって、「ルパン三世」の次元大介のようなクールなキャラで、皆に愛されている。自分とは全く逆の性格で羨ましい限りで、あらゆる場面で俺をサポートしてくれている。現在、サムライの先生、パフォーマー、エディター、更に映画制作と、結婚してそれほど間もないのに、底なしのエネルギーで活躍の場を広げている。
 体には気をつけて、アメリカ社会で勝負し続けてほしいと思っている今日この頃だ。ブログはhttp://eccentricyusaku.cocolog-nifty.com/japdirector/
No pain, no gain !

| | コメント (0)

2007年2月26日 (月)

パワフル演技大好きのアカデミー賞

菊地凛子さんが助演女優賞を逃し、ジェニファー・ハドソンが受賞した。大方の予想はジェニファーだった。なんといっても、アメリカ人はパワフルな演技が好きだ。俺も「ドリーム・ガールズ」を見たけれどジェニファーは役を演じ、それを得意の歌で表現していた。
 ジェニファーはアメリカの超人気番組「アメリカン・アイドル」の出身。「アメリカン・アイドル」は、勝ち抜き歌合戦番組なのだが、彼女は予選敗退して消えていった人。なのに、「ドリーム・ガールズ」でオーディションに合格し、助演女優賞という展開は凄かったなあ。まさにアメリカン・ドリーム・ガールを地で行ってる。
 「バベル」に日本人ボイスのアテレコで参加している俺としても、体当たりの演技を見せた菊池さんにここは受賞してほしかった。でも日本人女優としては、久しぶりの快挙だったので、お疲れ様でしたと喜ぼう!
No pain, no gain !

| | コメント (0)

2007年2月25日 (日)

スーツアクターという言葉

中屋敷哲也先輩の話の時に、触れたけれど俺自身はスーツアクターという言葉が、まだフィットしないでいる。大野剣友会にいた時代は、諸先輩から「仮面の演技は俳優の技法の一つ」といつも言われていたので、それを分けて考えるという発想がなかった。事実、中屋敷先輩や河原崎洋夫先輩は時代劇の分野で、俳優として活躍しておられる。仮面を演じる俳優という分野も確立されていない時代だった。
 「仮面ライダー」の8ミリ映画をつくっていた時代に知り合った、現読売新聞記者の鈴木美潮さん(特撮クイーン!)のコラムに「スーツアクター」という欄があって、この時に「スーツアクターって言葉はアメリカのスタント業界にある?」と聞かれ「ないね~」と答えて記事になり、自分自身も言葉の定着に一役かっているのかも知れないが、なんか分けて考えることに抵抗があるのは俺だけだろうか。逆にその言葉が成立することが、リスペクトの証拠かもしれないし、アクションと演技のできる俳優と言う意味なのかなあ。そんなことで、ネットでスーツアクターを検索してみると、特撮の味方の皆さんが結構奉ってくれてちょっと嬉しく思ったりもする。ここ7、8年帰国していないので、日本の感覚がドッカンしているから、一時帰国したら岡田勝師匠や、中屋敷先輩、新堀和男先輩などに聞いてみたいと思っている。
No pain, no gain !

| | コメント (2)

2007年2月24日 (土)

ありがとう、1000アクセス!

Stuntbreaktime
 ブログを始めて、一ヶ月も満たないのに、アクセスが1000を超えました。1000回も皆さんに読んで頂いたなんて、とてもありがたく思います!ブログを書いていると、自分の辿ってきた道程とか、とりわけ、いかに周りの人にお世話になっているかがわかる。様々な人と出会えて、今の自分があるとつくづく思うのだ。
 少しでもお役にたてればと、珍しい情報を入れようとして苦労することもあるが、昔のことを思い出したり、感じたことを表現する作業は結構楽しいし、皆さんの閲覧はとても励みになる。
 これからも、苦しいことも楽しいことも人生と思いつつ、アクション馬鹿を続けていこうと思う。馬鹿に懲りずに、またアクセスしてください!Again, Thank you so much!
No pain, no gain !

| | コメント (2)

2007年2月23日 (金)

昼休みが怖いアメリカ撮影現場

アメリカの撮影現場でとても苦労したのが、昼休みだ。普通ランチブレイクというと皆「Oh Yeah !(オゥ、ヤァア~!)」と言って喜ぶけれど、俺はそれが苦手だった。それはスタッフとの日常会話だ。違う国に入り込んでもっとも苦労するのは、言葉、文化、生活意識だ。
昼になると、皆打ち解けて、日常のことを楽しそうに話す。この日常のことが曲者で、「あの俳優はどうでこうで」とか、「この間の政治家がああーで、こーで」とか、「俺は共和党、私は民主党で」とか、「ここのレストランの味はいいぞ」とかそういう話になる。すると、アメリカ実生活の浅い俺は、「何のこっちゃ~」ってことになる。更に盛り上がると皆早口になって、スラングバリバリになって大笑い。
こーなると監督だろうが、アクション馬鹿だろうが、置いてきぼりなのだ。この時ばかりは「ああ、アメリカ人になりたい!」と思うのだが、じゃあ、このつらい時間をどうするかというと、一生懸命聞く耳を立てて、「なるほど、この場合はこの英語を使うのか」とか「え~、そういうヤバイ言葉は、このタイミングで言い放っちゃうのかあ」と英語教室に成り代わる。
そんな訳で、Fワードと言われる品の良くない言葉のタイミングとか、不平不満のぶちまけ方は結構得意になり、不利になるとアメリカ人が良く使う「That’s unfair(ザッツ・アンフェアー)」と言って、アメリカ人の脳に直接響かせる。人の親になった俺は「That’s not fair.(それは公平じゃないですよね~)」とかオブラートに包んで、一応上品ぶって話したりするけどね。
 とにかく、日本の英語授業はアメリカ社会の会話には、全く通用せず、日本人が誰一人いない現場で、英語だけで生活することで、実英語をマスターしたものだ。でもライティング、リーディングは役に立つので、これを読んだ学生諸君は日本の英語授業を疎かにしないように!、とフォローしておきます。実際台本読んだり、書いたりするのには役立ってるぜ!
 ちなみに、英語上達の一番早い方法は、アメリカ人の彼氏彼女を作ることと付記して置きましょう。俺はもうtoo late だけど。
No pain, no gain !

| | コメント (0)

2007年2月22日 (木)

ライダーアクションは人間考察。深すぎる超先輩、中屋敷哲也さん

「ライダ~変身!」一世を風靡した仮面ライダーの変身ポーズ。それを仮面の下で演じきっていたのは、大野剣友会の中屋敷哲也大先輩。はっきりいって超先輩なのだ。この人は藤岡弘さん演じる1号ライダーから9号のスーパー1まで、全ての仮面ライダーアクションを演じた俳優だ。ちなみに今はスーツアクターと言うそうだが、俺は其の言葉に違和感を覚えので、それについては今度書こうと思う。
 中屋敷先輩は物腰の柔らかい人柄で、身のこなしの美しい人だ。背が高くて手足が長いので、なおさら立ち居振る舞いが綺麗に見えるのが羨ましかった。俺が入門した時は、ステージショーで悪ボスとして出演しいて、宇宙刑事ギャバンショーでは、俺がギャバンで中屋敷先輩と対峙した。アクションで対面すると、何かこう包み込まれるようなオーラがあって、不思議な感じがしたものだ。
 前に中屋敷さんとアカレンジャーを演じていたレッドアクションの新堀和男先輩に、鷺宮の事務所の近くで飲みに連れて行ってもらったことがある。中屋敷さんいわく、「新堀、お前の立ち回りに文句言う奴はいないんだから、顔出しのしゃべりの役も含めて積極的にやれよ」「やりますけど、立ち回りはガンガンやりますよ」「そんなこといってないだよな~。俺は」「ガンガン絡みますよ~」「それはいいから、しゃべりもやれよー。」
 優しい中屋敷先輩に対して、アクション一直線の新堀先輩の会話は酔った席だったので、ボケと突っ込みって感じで笑えたが(ごめんなさい!)、中屋敷先輩の「役を演じてこそ、アクションも生きる」ってことを言いたかったような気がする。対する新堀先輩もアクションへの意地とプライドが見えてかっこよかった。
 中屋敷先輩は、ライダーの役を俳優として捉えていて、アクションも俳優技術の一つのツールだと教えてくれた。アクションをするにも、役柄の性格、人間性を洞察し、自分なりに理解してアクションしなさい!ってことなのだ。 社会現象までなった「仮面ライダー」の裏にはこんな人間考察まであったのだ。ああ、深すぎる!
No pain, no gain !

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月21日 (水)

高きゃいいってもんじゃない!欧米人と日本人のアクション文化考

Stuntmember1
ハリウッドに来て、アクション監督の機会に恵まれて、100人以上のアメリカ人スタントマンと付き合っている。すると日本にはない、不思議な状況に出会う。ジョージと言う、黒人スタントマンにアクションを付けた時のこと。「そこで殴られて回転して」とリクエストすると「オッケー」と軽く言われ、主役に殴られる。ジョージがクルッっと回転すると其の高さは1・5メーターぐらい。
凄い!確かに凄い高さなのだ。でも、何か違うんだよなー。殴られて吹っ飛んでるのに、なんかサーカスなのだ。殴られるのには、理由があって、やられてるから吹っ飛んでいるのだ。
また、アメリカでアクションをしてよく感じるのは、欧米人は細かい動きに弱く、パワーに強いということだ。彼らは、純粋に空手、米国でいうマーシャル・アーツから入って、スタントマンになる。殺陣、所謂立ち回りという武芸はアメリカには存在しないから、踏み込みも深く、当ててくるので次の動きが遅い。刀にしても、時代劇に使う竹光は存在しない。「折ったら恥じ」なんて時代劇調の意識は微塵もないから、アルミの重い刀で当ててくるから超痛い!我々は、重心を真ん中において、次の動きも考えながら動くから流麗に動く。また、わびさびに通じた間合いと呼吸を整える。アメリカ人スタントマンでも黒澤映画の好きな奴がいて、こいつとは手が合う(呼吸が合う)から不思議なものだ。
もっとも、欧米人の大味西部劇アクションは豪快で、馬力も体格も違うから、我々がやってもなんだか不似合い。「こんなところにも、文化の違いがでるんだなあ~」と思っていまう。アメリカのカーアクションや落っこちと呼ばれるビルからの飛び降りもスケールの違いがでていて凄い。
 今はワイヤーアクションが主流の中、日本の武芸アクションにこだわって、違った面から日本の武芸文化に光を当てようと心に誓っている。アクションにも個性、文化があるんだなあ!!
No pain, no gain !

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年2月20日 (火)

入門初日。どう見ても○X△の大野剣友会

「ひぇ~、なんだこの人たちは~。」初めて日本アクション総本山、大野剣友会に行った時は、強烈にビビッた。黒のカラテ着にパンチパーマの人ばかり。中に入ると芸能界の挨拶で「おはようございます」と言っているのだろうが、「オエ~ッス」としか聞こえない。玄関には使い込まれた木刀が置いてあり、壁には刀とツバが額に入って飾られている。誰がどう見ても○X△の風体だ。
「俺はひょっとしたら、間違った所に来てしまったのではないだろうかあ・・」と16歳のアクション小僧は、不安を覚えた。一緒にきたライダーフリークの親友、寺田くんも思わず後ずさり。
「これから稽古にいくぞ~」と、木刀を掴んで、皆して出て行く。「どこに連れてかれるんだ・・」と付いていくと、そこはのどかな原っぱ。大のオトナが5、6人で柔軟体操から始まって、木刀の練習にカラテの型、そして立ち回りに入っていく。「お前なあ、打つ前に気合をいうんだよ。じゃないと、相手見ないで蹴り入れたりするから、間合いがあわねーだろ」「オリャ~!」「声は短めじゃないとタイミングわかんね~んだよ。蹴り入れるぞ、バカ野郎」「オゥ!こうですか?」「そうだ、そうだ」。などとと前蹴りしながら野原でやっているから、普通の人が見たら「なんだこの人たちは~」とこそこそ逃げていく。
事務所に帰ったら、「さ~、やりますか~」「いいっすね~」とか言いながら、俺に背を向けて、卓を囲んでジャラジャラとマージャン大会。子供の世界しか知らなかったアクション小僧には強烈すぎる風景が目の前に展開して「なんなんだ、ここは~」と思ってしまったけれど、「こんな人達が仮面ライダーのアクションをやっている。これぞ男の世界なのかあっ!」とドキドキしてしまったのだ。良く学び、良く遊ぶを実践?!している大野剣友会の入門初日だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月19日 (月)

首になったら出世するアメリカ?!

アメリカ人の首切りは早い。会社の買収も、しょっちゅうなので、会社が買われた段階で全員解雇なんていうのは珍しくない。撮影所でもなんかあると首。何人入れ替わったかわからない。日本では、首になったら人間失格って感じだったが、アメリカ人は全然平気だ。「首になっちゃってさー、次探さなくっちゃっー」て感じで結構気楽に構えてたりする。逆にそれをチャンスに成り上がっていくやつもいる。出来る友人は同じ職場にいるより、いい所を探して次々と職場を変え、エグゼクティブになって1億円の家を買った。職を転々というより、いい職場を渡り歩くという感じなのだ。ちょっとやそっとでは、めげないアメリカ人。やはり開拓精神が生きづいているのだろう。
 今時は日本もそうなのだろうか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年2月18日 (日)

8時間トレーニングでも楽しい!

Universal
俺が主宰するアクションチームのサムライアクションは、今年からハリウッドのプロダクションに所属するようになった。このプロダクションは、結構いいプロダクションで、マドンナの振り付け師やら、マクドナルドやら、ナイキやらがクライアントでいい感じなのだ。ちなみに担当者は、おきゃんなハリウッド女優でも通用しそうな金髪ロン毛、ブルーアイズで愛想のいいLAビューティだ。
俺達のアクションチーム、サムライアクションは、大きな転換期を迎えている。それは、「日本のアクションに空中殺法を入れてくれ!」だった。アメリカでは、カラテのデモンストレーションが一般的だが、其の中に、マーシャルアーツトリックというやつがあって、側宙、バック宙を入れながら模範演技をするのが人気だ。
 でもアクションの出来るチームがないから、是非マーシャルアーツトリックを入れてくれっという単純な発想だ。俺とパートナーのYUSAKU先生はトランポリンワークや床運動もオッケーなので、それほど難しくはないが、子供達が中々できない。現在、体操の先生に来てもらい、体操テクニックを一から仕込ませている。
この間は、メンバーを集め8時間かけてアクションの型をつくった。体はもちろん構成を決める頭を使うので、8時間は結構しんどい。でも次の夢があれば、それも楽しいものだ。6月までには完成させ、ラスベガスで、デモが出来るような質まで上げようと思っている。必ず、サムライアクションをメジャーにするぞ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月17日 (土)

若返りたいならアメリカに行こう!

Michi2_1
もう一度若くなりたいっと思ったらアメリカに住もう!欧米人は見る目があって?、アジア人を見ると少なくとも10歳ぐらい若く判断してくれる。ハリウッドの芸能プロに入っている俺なんかも、「えー、子供いるのー?」「Are you sure?(本当なの?)」と言われるので、年齢制限30歳までのオーディションも楽勝で通用する。10歳以上も違うのに・・。オーディションに行けば、毎回40歳以上と書くのだが、キャスティングディレクターなんか「WOW !Looks young !」とか驚いてくれちゃったりする。こないだのウエンディーズのコマーシャルはカラテの先生35歳までだったが、まんまとパスしてしまい、ハンバーガーを持って、ニッコリのシーンを撮った!「エネルギッシュでザッツグレイト!」とか言われて、もっとニッコリしてしまった。やっぱり欧米人に比べるとアジア人の方が小柄で、肌つやは綺麗だし、顔の構造自体もこじんまりとしているので、若く見られるようだ。
 さあ、最近老け込んだなあと思う皆さんは、アメリカにきて若返ろう!
No pain, no gain ! いや、今日は No pain, gain !

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月16日 (金)

神様からの御褒美?!仮面ライダーの変身ポーズ。

Tj
当初、、ハリウッド版「仮面ライダー」米題「Masked Rider」にも、変身ポーズはなかった。これは日本とも同じで変身への意味づけが薄かったためだと思う。主人公のDexくんが(なんと少年なのだ)、「アクト・フェイス・アクティベイト!」叫ぶだけで、ライダーに変身した。アクション監督の俺は、「ここぞ、俺の出番!」と思い、プロデューサーのボブに、「変身ポーズをつけさしてくれ!」と直談判して変身ポーズをつけた。右手を上げて、両手を振るポーズはパワーが宇宙から落ちてくるのをイメージした。なんせアメリカ版ライダーは宇宙の王子!という設定だったからだ。
 16歳の時に、8ミリ映画で仮面ライダーの変身ポーズを演じていた小僧が、大野剣友会を経て、大好きだったライダーの変身ポーズを自ら創造する。それもここはハリウッドなのだ。その出来上がったフィルムを見た時は、信じられない思いで一杯だった。
頑張れはできる。「神様が御褒美をくれたのかな」と思ったものだ。学生時代から、俺を知ってる友人達は、お前らしいなあと、褒めてくれたものだ。
No pain, no gain !

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月14日 (水)

女性には得なアメリカ、バレンタインデー?!

今日はバレンタインデー。日本では、義利チョコやら本命チョコやらをもらって、男達は悲喜こもごもだったと思う。しかしアメリカでは違う!何が違うって、バレンタインデーは、男が女にプレゼントをあげる日でもあるのだ!
 これは、アメリカに住むようになるまで知らなくて、ええ~っ!と思った。ホワイトデーもあるが、この日も男が女にプレゼントをあげる日である。もっとも、パワフルはアメリカ人ギャルには、告白の日など必要ないかもしれん。そんな日を待ってたら、他のライバルに取られちゃう!ってな感じなのだろうか。それもまた、なんかわびさびないなあと思ってしまう。でも、さすがレディーファーストの国っと褒めておこう。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

スケバン刑事 高木政人先輩の遺言状

Takagisan
初代スケバン刑事と言えば、アイドルだった斉藤由貴さん、南野陽子さんが演じていたが、彼女達のスタントや、朝のコメディ番組「ペットントン」などの主役をやっていたのが、大野剣友会の高木政人さんだ。一つ上の高木先輩は小柄でその特徴を生かして、こまやかで基本に忠実なアクション、そして演技を得意とした。東映の大物プロデューサー平山亨さんをして、彼のスーツアクティングは天才的だと言わしめるほど、表情のない着ぐるみに喜怒哀楽を持たせていた。ペットントンは全く動けない卵のようなぬいぐるみだったが、高木先輩が中に入ると、悲しいシーンは悲しそうに見えるから不思議なものだ。 「スケバン刑事」では、斉藤由貴さんらの特徴をつかんで、女らしい動きでアクションシーンの吹き替えを演じていた。
高木先輩は、撮影で時間があくと、俺をセットの横に連れて行き、「おい、かかってこいよ。そうじゃねーだろ」など言って稽古をつけてくれた。食事に連れていってくれると、「お前はいいなあ。俺が剣友会に入った時は、若手が俺しかいなくて、皆にしごかれたんだぞ」と厳しい上下関係を教えてくれたが、俺らにはそんなことを強要せずに、気さくに接してくれた。よく替え歌で人を笑わしたり、憎めない悪戯をして現場を和ませてくれるお茶目な人だった。そんな高木先輩の口癖は「人間はいつか死ぬんだから、好きなことを思いっきりやってる方がいいぞ」だった。
 ある日、平山さんとミーティングをしている時だった。「高木くんが交通事故にあったそうだ」。すぐに病院に駆けつけると、頭に包帯をまいた高木先輩が、ベッドに横たわっていた。生命維持装置を付けて、呼吸をしている。
ショックだった。
長男だった俺は初めて兄貴が出来たような気がして、とても嬉しかったのに。岡田勝師匠も傍らにいて、俺は岡田さんによりかかり、泣いた。
 平山さんは、裏の演技で東映の番組に貢献した高木先輩のドキュメンタリーをつくりたいとTV局に働きかけてくれた。自分も8ミリをもって、お葬式を取るように頼まれた。高木先輩は結婚したばかりの20代前半。奥様は大きなお腹を抱えていた。それも映像として撮らなければならない。つらかったけれど、高木先輩の番組を作れるならと、一生懸命フィルムを回した。すると突然カメラが止まってしまった。岡田さんには「馬鹿やろう、早く直せ!」と言われたが、どうにもならない。今思えばそれも高木先輩のいたずらだったような気がする。お葬式の後、剣友会の事務所には「君の意思は僕たちが引き継ぐ・・」という誓いの言葉が立てられた。
 
あれからもう、20年がたっている。「好きなことを後悔しないように、思いっきりやれ!」 今も高木先輩はアクション馬鹿の心の中に生きている。
No pain, no gain!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年2月13日 (火)

凄腕の編集者に囲まれた小学館時代

大学を卒業して、縁あって小学館の児童雑誌「てれびくん」のフリー編集者になれたことは、自分の人生でも幸運なことだった。なんせ、当時の編集長は知る人ぞ知る内山まもるの「ザ・ウルトラマン」の担当編集者、コロコロコミックの立ち上げ編集長。アンヌ隊員大好き切れ者編集者、学年誌の編集長と日本の子供達をガンガン引っ張るプロフェッショナルライターばかりだった。更にフリーの個性派ライターも存在する。
 そこで、見開きページの写真のおき方やら、子供雑誌の色使い。表紙の作り方などを、懇切丁寧に教えてもらった。とにかく、まず一点、読者にアピールする写真を大きく載せろ!
「てれびくん」は仮面ライダーやウルトラマン、ビックリマンなど、児童特撮物、アニメを扱う雑誌である。「よーし、このページは赤レンジャーのキックをでかでか乗っけるぞ」とか、「光線ポーズがキメだ」などと、紙面の写真を選んだものだ。それでも写真を見ながら「この蹴りは、レッドアクションの新堀和男先輩だなあ」と、ここでもアクション馬鹿は忘れない。
 もちろん個性派揃いの皆さんだったので、遊び心もあって、「世の中は多少の矛盾もあるけれど、楽しく生き抜けば、それが良いんだ!」という哲学的なことも、肌で伝えてくれた豪快な編集者もいた。そんな人の誌面は、大胆なアクションポーズの赤色のキャラクターに、更に赤い色を乗っけるというもので、そんなページにはエネルギーがあるのだ。人間のやることは性格がでるものだなあと職人芸を感じたものだ。
 しかし、平面画面上で一点を目立たせるという手法は、後のアクション監督時代でも同じで、平面を立体的に見せるのに大いに役立っている。
 当時は小僧で、小学館にいたことの凄さを理解できなかったが、大人になった今では、本当に感謝である。小学館時代の3年間は今でも大きな財産だ。
No pain, no gain!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年2月12日 (月)

ワイフを褒めよう!

アメリカでは自分のことを謙遜すれば、「そんなにダメなんだー」と直接的に受け取られるので、日本ではひんしゅく物でも、アメリカでは、「僕はこれこれができます!」と声高らかに宣言している。
 そんな訳で、今回は自分の妻に登場してもらいアメリカ的に発表したいと思う。彼女は偉い奥様で、自分の様な不安定な生活でも逞しく生きていてくれる。普通だったら、ダメだしするような無謀なことにも、サジェスチョンはしてくれてくれるものの、絶対に「ノー!」と言わずに最終的に支えてくれている。だからこそ、アメリカで無事に生活できている訳で、とても感謝している。特に料理はプロ並みの腕前で外で食事して帰ってきても、思わず家で食べてしまう程、美味しい。3人の子供の面倒もしっかり見てくれている、マジ感謝です。
 そんな感謝を忘れる日々を送っていた昨年、大変なことが起こった。突然ポリスから電話が入り、「お宅の奥様が、ひき逃げに合い、救急車で輸送中です」。頭が一瞬混乱して理解できず、「状態は・・」と聞き返してみると「意識不明で、頭からも出血しているので、多分手術が必要でしょう」との答え。
 娘もその現場にいて、泣きながら電話で一生懸命説明しようとしているが、10歳の子供では気も動転していて説明にならない。さすがのアクション馬鹿も思わず義母の仏壇に、「絶対大丈夫でありますように」と一生懸命祈った。集中治療室にいくと、子供同伴では入れないとのことで、友人を呼んだ。LAの大都市のため次から次への急患に集中治療室はごったがえし、友人がくるまでの2時間、死んでいるのか、生きているのかも知らされない。その時間は本当に長く感じた。幸運にも頭を打った時の腫瘍は脳の外側に出来ていて、大事に至らなかった。犯人は目撃者もいたので、身元が判明、裁判にかかる前である。
 そんな悪夢のようなこともあったが、今は健康体に戻って生活している。やはり妻が入院中は、車社会のための子供の学校の送り迎えやら家事やらで、大変だった。改めてワイフは偉大だと感じたので、やっぱりワイフを褒めよう!No pain, no gain!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月11日 (日)

アクション馬鹿は二度死ぬ?!

日本、アメリカを通じて、色んなアクションの経験をしてきたけれど、これはヤバイ!と思ったアクションが二度ある。怪我、失敗を話すことははっきし言って恥なのだが、こんな世の中なのでええい、話してしまおう。
 一つ目はステージからの転落だ。石で出来た床に2メーターほどあったステージからバック転しながら目測を誤って転落。受身をとってことなきを得たが、バック転の勢いもあった分、頭から落ちたらいってたと思う。 
 もう一つはスカイライダーのステージショーでのこと。スカイライダーの乗ったスカイターボ(バイク)に突っ込んで、トンボ(前宙)を切りながら当たったように見せるアクションだ。バイクの左側にトンボを切ろうと思ったが、目測を誤って右側に行きそうになった。それを悟ったバイクスタントの矢沢さんが、左にハンドルを切った。俺は、其の前に軌道修正をし、左側に回転しようとして二人で同じ方向に向かっていたのだ。いまでもその光景は目に焼きついているが、これは、完全に引かれると腹をくくったのを覚えている。向こうはステージ上とはいえ、50キロは出ていたと思う。そんな時、人間の脳裏に色々なことが浮かぶのは、本当のようで、「しょーがねーなー」とか「いったら、早すぎるかな」とか瞬間的に思った。
 すると、矢沢さんはハンドルを鋭く切って、寸前でUターンしてくれた。さすがは、V3から歴代のライダーを演じてきたバイクスタントマンだった。
 そんなこともあったけれど、大きな怪我はなく、緊張感を最大限に上げながらアクションを楽しんでいる。
No pain, no gain!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月10日 (土)

ハリウッドの芸能プロダクションシステム-エージェント

ハリウッドの芸能界のシステムをちょっと説明しようと思う。日本でプロダクションといえば、芸能プロのことだが、米国では製作会社のことをさす。
 日本で言う芸能プロダクションはハリウッドでは、エージェントというのだが、エージェントは、各専門分野に分かれている。TV、映画=シアトリカル。雑誌関係=プリント。ダンス=ダンスエージェント。コマーシャル=コマーシャルなどと細分化されている。シアトリカルを例に取れば、プロダクションが必要な役柄をキャスティングディレクターに依頼する。キャスティングディレクターはつながりの在るエージェントに、オーディションの情報を流し、エージェントが所属するタレントにオーディション情報を流す。そのシステムが映画、雑誌、コマーシャルと分かれているのである。したがって、タレント達は血眼になって、良いオーディションがくるエージェントに入りたがるのである。オーディションがなければ、いくら才能あるタレントでもきっかけがないのだから。
 しかし、あまり大手のエージェントに入っても、有名なタレントにしか気配りされず、オーディションを回してくれないなんてこともあるから、中堅どころがいい!などという人もいる。特にアジア人はもともと役が少ないから、役を取ること自体が難しい。それでも、渡辺謙さんも役はあるし、パフィーのアミ・ユミなんかもアニメで大人気だから前よりはチャンスが増えている。
 アメリカでタレントとして活躍したい人には、相当の覚悟が必要だ。
No pain, no gain!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年2月 9日 (金)

ハリウッド映画のアフレコ

昨年、何本かのハリウッド映画のアフレコにも参加した。俺たち純粋な日本人は、日本語のあるハリウッド作品のシーンに呼ばれて、日本人ではないアジア人の間違った発音の上からアフレコする。ロサンゼルスは人種の坩堝なので、あらゆるネイティブの人種が存在する。そこで、ハリウッドのタレントプロダクションがネイティブの俳優を所属させ、リアルな発音を要する映画、TV、コマーシャルの仕事に俳優を送り込む。そんなシステムが確立されているのは、さすがはハリウッドって感じである。
 さて、自分の場合、当然、オーディションがあった訳だが、外国人ボイスを監督する伝説の人、バーバラ・ハリスに気に入られてそれ以来何回もよんでくれる。「硫黄島」「バベル」「ワイルドスピード3」なんかは、その作品だった。中でも苦労したのが硫黄島で、これには渡辺謙さんが、俺を選んでくれたのだが、アジア俳優がいい加減な発音で、色んなことをいっている。その口の動きにあわせて的確な日本語を当てないといけない訳だ。しかしなんせアクセントが違うので、当然口の動きが日本語と違って、あわせるにあわせられない。例えば向こうは「トツゲキー!」と妙なアクセントで言っているのだが、それを「突撃!」と短めに言ってくれという謙さんからの演出。これがなかなかタイミングが合わない。無理を承知にこだわる謙さんは「なんとか、なんないかなー」と要求してくる。しょっぱなの「と」にアクセントを置いて、悪戦苦闘の上になんとか自然な台詞に仕上げたりする。
 其の他、エキストラ達の話す言葉を当てたりとか、大きな仕事ではないのだが、アメリカ俳優協会の仕事なので、出演料も馬鹿にならず、繋がりも大切にしようと遊び心一杯で、スケジュールが合えば、なるべくいくようにしているのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 8日 (木)

頭を打つまで、受身の練習。大野剣友会の突撃猛稽古

Dragonvsmichi
芸は身を助けるとは、本当によく言ったもので、私は今だに大野剣友会の空手・刀アクションで生きている。
16歳で入門当時の稽古はとても苦しかった。そう、トレーニングというより、稽古という響きがピッタリの練習だ。今、人に教える立場にもなって、これほど非科学的な稽古はなかったのではないだろうか?「柔軟?甘えるな。ニーパッド?、何軟弱な物をつけているんだ?!」と叱られる。必死でやれば、絶対出来るという突撃稽古だ。
蹴り、100本、殴り100本。相手の攻撃の避け(千鳥)100連発などの基本の動き。其の後、トンボ、背落ち、体操のテクニック。受身のトンボを数十回やらされると、筋力が落ちてきてジャンプできなくなる。頭を床にこするようになり、したたか打つと「お前、休め!」「ハイ!」ってな感じだ。強引なバック転の練習で指の骨を折った同期のDJ寺田君(今はDJをやっている)は、「ばかやろう!」の一言で、病院送り。更に、木刀の稽古を付けられる。
 撮影の日は、時間が空くと、先輩にセットの脇に連れて行かれ、稽古。ショーに行けば、朝から、晩までアクション。それでも、キツイと思わなかったのは、たぶん剣友会の武道アクションが大好きだったからだろう。興味のあった友達をつれてきても、キツクて其の日でやめてしまったが、何でだろうと思ったぐらいだ。それに16歳の小僧が、芸能界という大人の世界を体感出来るのが、エキサイティングだった。
 厳しい稽古が終わると、事務所に戻って、先輩がラーメンをオーダーして食べさせてくれる。厳しい稽古で腹が減っているので、それがとっても美味しかったし、御褒美のようで嬉しくもあった。
 そんな稽古が身に染みていて、40過ぎの中年になろうが、アクションは元より、バック転、空中回転、トランポリンも昔通りにできる。インサイドワークが上達した分、コンディションは闇雲に動いていた20代より遥かに良い。
 今では何歳までトンボ(空中回転)を畳一畳の上で切れるか、人生の挑戦ぐらいに思っている。
No pain, no gain!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 7日 (水)

サムライ俳優、藤岡弘さんの男気

 Michifujiokasan_1
仮面ライダーの俳優と言えば、真っ先に名前が挙がるのが、藤岡弘さんだ。ハリウッド映画「Shogun cop」の制作に乗り出していた1999年当時、どうしても藤岡さんに出演してもらいたくて、師匠の大野剣友会、岡田勝さんに紹介してもらった。主演映画「Shogun cop」は自分にとって、プロフェッショナルの仕事としては、最大の失敗作になってしまったものだが、それは後々のブログに回すとして、とにかく低予算での製作だったので、信じられない交渉で藤岡さんと接した。
 自分の生い立ちから岡田さんとの出会い、単身ハリウッドに渡ったこと。そして自分のアクションのデモテープまで見せてのマシンガントークで必死に説得した。「ハリウッドで、サムライアクション映画を作りたい。そのためには藤岡さんが必要です!」
 仲の良い岡田さんの紹介とはいえ、大俳優の藤岡さんに初対面でここまで強引に話す奴もいなかったのではないだろうか。でもハリウッドで日本人俳優として単身主役を張った藤岡さんだったからこそ、アメリカ人との苦労も理解してくれたのだと思う。本当に信じられない出演料で出演を承諾してくれた。
 「何時までも男気を持って、夢を持って挑戦しよう!」といつも語る藤岡さん。それを「Shogun Cop」への出演交渉の場で見せてくれた。ファンタスティック映画祭での上映会では、政治的問題で舞台挨拶を控えていたら「お前、主演なのに何やってるんだ!早く舞台で挨拶してこい!」と一喝されて出て行ったら、舞台上では、主演俳優の登場に歓声が沸いた。
 其の後、藤岡さんの前で不覚にも涙を流してしまったが、其の涙はあまりの失敗作で、藤岡さんの男気にお返しできなかった無念からだった。
 いつも頼りっぱなしの俺に対して、今でも付き合いを続けてくれる藤岡さんだ。
No pain, no gain!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 6日 (火)

皆、ほしがる米国永住権。しかし其の先にあるものは??

アメリカに滞在するためには、合法的な旅券、つまりビザがいる。特に皆が取りたがるのが永住権=グリーンカードだ。これさえあれば、永遠に米国に住めるし、転職も可能だ。だからなんらかの理由で米国に住みたい人には、喉から手がでるほどほしいシロモノなのだ。しかし米国政府はそうやすやすとグリーンカードを渡さない。生活力、技術のない者に渡せば、税金をとることもできず、生活保護を払う一方で、国の繁栄につながらないからだ。グリーンカードを取るためには、米国人にない技術を持っていることが絶対条件。米国人のできる仕事を奪っては、失業率上昇となる。
 アクションの仕事を米国でしようと考えていた俺が、アメリカ人の弁護士に相談すると「ビザを申請するには、雇用主が必要だし、アメリカにもスタントマンはいるから取るのは難しい。日本語のかける物書はいないから、日系関係の雑誌社を狙えばいい。」と、助言され日系のマスコミに就職した。会社に入ると、ビザのスポンサーになるかわりに給料一律、出世はなし。もし、首になったら永住権どころか強制送還だ。下手をすると10年ぐらいかかる場合もあった。中にはセクハラされてる女性社員で過酷な労働環境だった。
 何を言われても、「ハイ!」と答えなければならず、元々自己主張の強い自分には本当に苦痛だった。文句一ついわず、一生懸命働き抜いて、運良く永住権を取ることができた。こんなプロセスは、永住権が取れるまでの踏み絵といってもいいかもしれない。
 永住権が取れれば薔薇色ということでもない。自由に転職はできるが、現地採用者は駐在員に比べて、あらゆる面でベネフィットは低い。結局、特殊な職業や秀でた能力がないと、いい収入は見込めない。外国に出る時は、特に目的意識がないと生き抜くのが大変になるのだ。
No pain, no gain!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 5日 (月)

石ノ森章太郎先生との夢

仮面ライダーの原作者、石ノ森章太郎先生には、ことあるごとに挨拶させて頂いた。初めての出会いは俺達が作った仮面ライダーの8ミリ映画の鑑賞会だ。当時としては、かなりの出来だったらしく、マネージャーの加藤昇さんの仲介でその作品を見てくれた。「100点満点で85点というところかな。」とのコメントをくれ、そのインタビュー8ミリ映像は我々の手元に残っている。
 その後、ハリウッド版「仮面ライダー」のアクション監督が一段落、先生とお会いでき、嬉しくてマシンガンのようにそのことを報告すると「いやー、話が途切れないので、相槌打つ暇もないよ」と笑われた。
仮面ライダーをいつか、一緒にやりましょうと話し、お付き合いの続く中で、他にも作品を一緒にやりたいですねということになったが、その最中、病にお倒れになった。それでも病床から電話でやり取りしてくれていたのだ。お亡くなりになった時、日本に一時帰国して、お葬式に参列させて頂いた。とても艶やかなお葬式の風景で、先生がなんだか美しい国に旅立ったように思えた。
 病気のために作品製作がすすまず、お詫び代わりにライダーなどの人形にサインを添えて、アメリカまで郵送してくれた石ノ森先生。あれほどの巨匠なのに、小僧のアクション監督ごときに、少しも威張る所なく、誠実に接してくれた。
 いつか一緒に作品をやりましょう。その夢は叶わなかったけれど、自分が石ノ森先生から頂いた、ライダーアクションを発展させ、サムライアクションとして結実させるよう、頑張って生きていきたいと思う。
No pain, no gain!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 4日 (日)

大先輩、新堀和男氏の優しさ

 古くは仮面ライダーアマゾン、大野剣友会退会後は戦隊ヒーローの赤を演じ続けてきた新堀先輩。新堀さんとの出会いはチェンジマン、スーパー1の頃だ。稽古を付けてもらったり、TV、ステージショーで絡ませて頂いた。とにかくアクションシーンになると、前に出てくるアクションで怖いくらいの闘争心だった。
 新堀さんが仮面ライダースーパー1をステージショーで演じていた時、俺は敵の怪人。アクションを間違えて、新堀さんのパンチがもろに顔面に入ってしまった。鼻血を出した痛みよりも、後で怒られる方が怖かった。
 ショーの後「お前が悪いんだぞ」と言われ、「すみませんでした」というしかなかった。その後もショーや稽古でご一緒させて頂いたが、ある日、何かの帰りで車で送ってもらったことが在る。その時に一言「疲れたろ・・」と言ってくれた。
 日頃、厳しい新堀先輩だったが、最後に気使う一言で、優しさというのはこんなものなのかなあと感じたものだ。10数年後、俺がアメリカで「ビーファイターカブト」のアクション監督をしていた時、現場を見に来てくれ、「回りはアメリカ人だけで大変だなー」と癒しの言葉に、前の一言を思い出した。昨年にはマネージャーの奥様からサムライアクションとの提携を申し出てもらい、本当に光栄だった。今後、新しい仕事でご一緒させて頂ける日を楽しみにしているのです。
No pain, no gain!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 3日 (土)

「馬鹿ヤロウ!何やってんだ!」大野剣友会 日本武芸の教え

70年代、日本アクション業界のトップを走っていた大野剣友会で教わったことは、技術だけではない。技術はある程度の年数を経験すれば、誰でも習得はできる。だが、心構えによって、その技は生きもするし、死にもする。  入門当時、仮面ライダースーパー1のステージショーに出演した。殺陣師は、ライダーのアクションを付けていた岡田勝師匠、悪の首領を歴代ライダーを務めた中屋敷鉄也大先輩だった。俺は敵の忍者役と戦闘員の二役を担当した。そのアクションの中で側転からバック転3連続のテクニックがあった。しかし、戦闘員の視界が狭く、目測を誤って舞台からバック転のまま2メートル下のフロアに転落した。運良く受身を取って怪我をせず、そのままアクションを続けた。  終わった後、岡田師匠がよって来た瞬間、16歳だった俺の頭に浮かんだ言葉は「大丈夫か?!」。しかし師匠の言葉はなんと、「馬鹿ヤロウ!何やってんだ!」。期待した言葉との真反対の言葉に目を白黒してしまった。とっさに俺は「すみませんでした!」と頭をさげたが、その時とっさにこれではいけないのだと思った。  岡田師匠の真意は自分の動きには責任を持て!ということだったのだと思う。自分がアクション監督になってわかったことなのだが、アクション監督は各俳優の対応能力、精神力を見極めてアクションを創造する。お前を信じてアクションを付けたのに、失敗するのは何事か!と怒鳴ったのだ。  それ以来、怪我は自分の失敗、己の動きには責任を持たないと思った。当時はその意味合いを鮮明には理解はできなかったが、怒鳴られてもいやな気持ちにならなかったのは、師匠と自分との信頼関係を感じたからだろう。ねぎらいの言葉より、愛情のある叱咤。その時の感覚は20年以上たった今でも消えることはない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 2日 (金)

アメリカ生活では、ずうずうしさが重要!

 アメリカで生活していて、日本人としてはイライラする習慣がいくつかある。それは、カウンターなどでの長い行列。皆いらだってるのに、受付は朗らかに世間話をしながら仕事をしていることが多々ある。仕事に無駄話は無用と教育されてきた日本人には、理解の範疇を超える。  さらに強烈なのが、電話のカスタマーサービスだ。うっかりミスで、あるローンの支払い期限がすぎていた。先方から電話があり、銀行引き落としにしてもらったが、その時は手数料は一切なしと言われた。後から見ると、延滞金、及び銀行引き落とし手数料の両方がシッカリ加算されているではないか!話が違うので、カスタマーサービスに電話をすると、「申し訳ありません。それは間違った情報です。でも手数料も延滞金も両方差し引けません!」とのたまうではないか!  「ああ、またかあ・・」と冷静に思いつつわざと怒りを込めて、「マネージャーをすぐだしやがれ!(気持ち的にそういうニュアンスを込めたが、ちゃんと敬語は使いましたので悪しからず)」と言って、すぐさまマネージャーに電話を変わってもらった。ペーペーの平社員ではラチあかないのが分かっているからだ。怒り心頭の口調で「間違いを認めているのに、金をもどさんどは何事か!」といいまくった。するとマネージャーは、謝って、手数料を遅延金から差し引かせてもらいます。とほざきやがった。  なんで、平社員はだめと言って、マネージャーに話すとオッケーなの?!だったら最初からオッケーっていえよ!と日本人的センスでそう思ってしまう。  「ちゃんと社員教育をしといてください!」と言い放ち電話をきった。昔は簡単に引き下がっていたが、アメリカでは黙って引き下がっては損をする。今では、自分の権利を主張して、きちっと白黒つけるようになった。  金額大小の問題ではなく、物事をしっかり伝えることは、外国に生きるうえで、とても大切な生きる術なのだ!! No pain, no gain!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 1日 (木)

アメリカ人との交流を深めたくれた、ヒーローの仮面

ハリウッド業界に入った時、アメリカ人とどうコミュニケーションを取るかも大きなテーマだった。当時の俺は、英語もつたなくどうやったら深く入り込めるかで、頭を悩ませていた。ある日、こんな出来事がおこった。 それは、大野剣友会時代までにさかのぼる。1970年代に入会した大野剣友会は、礼に始まり、礼に終わるという古い体質が生きた武芸集団だった。そこで学んだことで、共感できることはたくさんある。中でも、「仮面ヒーロー物で、衣装を粗末にするな」という教えは強烈だった。“ヒーロー物は生き物である。なぜなら仮面が主役であるからだ。それを地べたに置くなど持っての他!”という訳だ。  常日頃、仮面に神秘性を感じていた俺は、その教えに思いっきり共鳴していた。事実、衣装をつけ、仮面を被ることで、我々スーツアクターの立ち居振る舞いはヒーローのそれに変わるのだから。  さて、1996年に、東映のビーファイターのハリウッド版、「ビートル・ボーグス」を撮っていた時のこと。人手が足りずに小道具の人間をビーファイターに入れてロングショットを取ったというのだ。これはプロデューサーのボブの判断だった。撮影は一日遅れれば何百万円のオーバーバジェットになる。 それは分かっていたが、それを聞いた俺は、撮影スタッフの前で涙を流して座り込んだ。俺達スーツアクターは嘘偽りなく、命をかけて衣装を着けて演じている。狭い視界。動きにくく暑い衣装。その環境の中で、激しく危険なアクションを連日こなす。ハードな仕事なのに、有名にもなれない。それでもプライドを持って役になりきって演じているのに、それをなんだ!  プロデューサーのボブは、俺達を理解していないと、悔しいやら情けないやらでの涙だったと思う。周りにいたスタッフやスタントマン達は、俺を気づかって、ボブに進言すると言ってくれたが、これは俺の問題と思い、自分で話すことにした。理解されなければ、首も仕方のないこと。そう思って一生懸命ボブに話をした。  「俺はその話を聞いて、とても悲しかったよ・・・」。絶対的権限を持つ大のアメリカ人プロデューサーに歯向かったのだ。するとボブはすまなそうに、「今後はそうしないことにするよ。」と言ってくれた。当時のつたない英語力でボブに全てが伝わったかどうかはわからない。でも自分達がこれだけ一生懸命、仮面の中で頑張っているんだということは理解してくれたようだった。それ以来、ボブのとの本当のコミュニケーションが始ったように思う。  人間はほめてばかりでも仲間に入れない。自己主張もして初めて、相手も認めてくれる。仮面を通じてのアメリカ人との交流だった。 No pain, no gain!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »