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2007年3月 7日 (水)

なんでこいつが俺達の監督なんだ?!アメリカ人との摩擦と克服

Staff2
アメリカのアクション監督というのは、スタントコーディネーターといって、スタントマンの手配、スケジュール調整、アクションの構成全てを任される。更に、セカンドユニットディレクターという役割を担い、芝居部分を撮るファーストユニットでとりきれなかった演出部分を撮ることもある。日本でいう助監の小物撮り+撮りきれないメインシーンまで任される。
当初、言葉わかんない、特殊用語わかんない。アメリカの撮り方のシステムわかんないとアクションはともかく、わかんないずくめだった俺は、米版「仮面ライダー」のセカンドユニットディレクターまで任された。プロデューサーのボブは俺のアクションとアクション演技をほしがって雇ったのだから、他のことは現場スタッフがカバーすればいいだろうという判断。そのことは周りには伝わっていたのだが、最初の頃は、とにかくスタッフと馬が合わなかった。2週間で3本撮るTVスケジュールに追われるスタッフのプレッシャーは今になってわかるが、しょ~もないショットで「グレイト!」とか、言って進める姿勢に、割って入る俺を煙たがった。子供番組だから、このぐらいいでいいか的態度も気に入らなかったし、何よりあがったフィルムが最悪で、マジ切れしそうだった。「ライダーのショットはそうじゃない!」という、ジャパニーズスタイルを入れようとすると、周りがこぞって反対し、「そんな、短いショットじゃだめだ。」「なんで、そこでこだわるんだ。お前見たいにつきあいずらい奴はいない」などと言われ(今思えばそういう意味合いだったのがわかるが・・)、アクションも自由にできない現場に参ってしまい、胃カメラ検査を受けるストレス蓄積ぶりだった。毎日、毎日弾き飛ばされる日々。それでも、仮面ライダーの衣装を付けると、「この国でライダー魂を守れるのは俺しかいない!」と其の時だけは、苦しいことを忘れて、ライダーアクションに没頭できた。
そうこうしている内に「なるほど、こんな風に撮影するスケジュールを決めるのか」とか、「誰と誰に指示を出せばこうなる」という撮影システムがわかってきた。毎日12時間以上、英語だけの現場に入れば、言葉も流暢になってくるし、アメリカ人への対応も分かってくる。自分が選んだアメリカ人スタントマンが俺のアクション能力をリスペクトしてくれて、味方についてくれたのは心強かった。
 当時俺は29歳で、吸収力も早かったのだろう。3ヶ月ほどたつと、アクション馬鹿の気の強さで自己主張ができるようになり、「ここは、こうするんだ、馬鹿やろう!(とは言わなかったが、気分はそうだった)」ってな感じで、現場を自分のペースに持ち込んで演出できるようになった。もともと東映の早撮りを経験していたので、皆が「無理だろ~」というスケジュールもこなす早撮りで、感心されたこともある。
 すると、周りの評価も変わっていき、スタッフとも仲良くなれて、「出来る奴は、どんな人種でも評価してくれるんだなあ」とアメリカ人の太っ腹に関心した。そんな訳で皆と打ち解けて、覗けばカメラアングルの分かる「マイクロファインダー」を誕生日にプレゼントされた時は、仲間と認められた気がして嬉しかったなあ。
 物作りは人種も超える。そんなことをアメリカ人スタッフから教わった。

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