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2007年4月18日 (水)

アンリミティッドな世界観―スーツアクターと言う言葉⑰

 演技をする上で、幅を決められることほど怖い物はない。それによって、吸収することが限定され、表現の限定までされる気がするからだ。もともと表現というのは、無限な訳で、限定されることが一番怖い。

 そう、それでスーツアクターという限定される言葉を、アクションを演じている俳優は恐れるのだ。スーツアクターという言葉が、凄いとか凄くないとかそういうことではない。枠決めされることを恐れ、窮屈を感じる。

 これは、ひょっとすると肌感覚の問題になってる。このシリーズを読んでくれている皆さんに、届いているかどうか分からないけれど、その部分で抵抗感を感じるのだと思う。

 面を付けて演技する俳優も、色んなことを感じてそれを無限に表現したいと思っている。それは俳優だからだ。だからみな、スーツアクターと言う言葉より、その記号化された枠決めがいやなのだと思う。だから俳優と言う限定されない言葉で様々な表現をしたいのではないだろうか。

 今回は色々なことを考えてみたけれど、俺の結論は、気ぐるみを着て演技する人達を俳優と呼びたいし、一番抵抗のない言葉だと思っている。

 (次回は最終回です。)

No pain, no gain !

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