2009年11月 7日 (土)

殺陣武道の猛稽古!

最近、新しい殺陣の稽古をしている。サムライ・カラテが終わった後の稽古なので、結構きついのだが実はこれが無性に楽しかったりする。

 俺も懲りないというか諦めの悪い奴というか、今までにないテクを様々な所から発見して殺陣向けにアレンジして練習しているのだ。例えば、日本にはないスピンテクやら、ちょっと踊りっぽい動きとか・・。

 俺も常識的には体力はさがる時期だが、感覚と神経の対話が昔よりできるようになって、それはそれは面白い。殺陣武道は練習すればするほど、満足できないから不思議だ。

You tubeもウエブも一新し、これから新しい境地に入ろうと思っているので、そのうち凄いことがあるかもしれんと思いながら、苦しくも楽しい稽古を楽しんで感じている。

興味のある人は是非、見てみてくだされ!

http://www.samuraiaction.com/

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No pain, no gain!

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2008年10月25日 (土)

今も主役、新堀和男大先輩 part 3

雑誌でもでているそーで、解禁しますが、新堀先輩が、この間演じたヒーローは・・・。

映画「仮面ライダーキバ」の仮面ライダーアーク

だそうです。

ライダーはアマゾン以来だそうで、DVDが出たら見てみます!

神業の域に入っている手刀からの足刀攻撃が見られるでしょうか?!

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2008年10月24日 (金)

今も主役、新堀和男大先輩 part 2

続きが、遅れてすみませーん!

えっと、そうそう新堀和男先輩の続きですね。色んな事があったけれど、新堀さんが現役バリバリ、20年以上前の「超電子バイオマン」をやっていた頃の話。

 レギュラー出演していた俳優が、怪我を隠して殺陣をやっているのをチラっと見て、「あいつ無理してんだろ」

他のスタントマンが、「こないだ怪我したらしいですよ」

「だろ~なあ」

という会話を横で見て、当時、高校生だった俺は

「へえ~、あんな一瞬でわかるんだ」

と、ビックリしたのを覚えている。俳優は一生懸命痛みをこらえてアクションしていたが、痛めた部分を無意識にかばう分、バランス悪いとか、芝居が弱いとかでわかったんでしょう。

 それとか「仮面ライダー・スーパー1」ショーに行って、俺がワルボスやって、新堀さんがスーパー1やって、1対1で対峙したら食べられそうな威圧感だったりとか。

強烈な武勇伝とか、色々あるけれど仕事の帰りには、絶対「疲れたろ・・」と言ってくれ、実は凄い優しい人でびっくりとか。

こないだ一時帰国した時に話したら、信念に深みがまして頭下げっぱなしだったです。稽古も誘ってくれたのに、大野会長への挨拶が重なって行けなくてすみませんでした。

現役バリバリで、戦隊、ライダーの殺陣アクションをやっている新堀先輩のレッド・エンターテイメント・デリバーの皆さんと練習したかったので、残念でしたが、今度は稽古をお願いしようかと思います。

体操、トランポリンアクションの名手、上田弘司先輩も教えていらっしゃるそうなので、ご挨拶できなくてすみません。

また、必殺の飛び足を食らわせてくださいませ!ありがとうございました!

No pain, no gain !

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2008年10月21日 (火)

今も主役、新堀和男大先輩

また、ブログの期間が開いてしまって、もーし訳ないです。

 日本に帰って、ビックリしたのは、東映ヒーロー物のアクション監督、新堀和男先輩のことだ。

 今回もお会いさせて頂いたのだが、新堀先輩は、仮面ライダー2号やら戦隊の主役を長く演じ、アクション監督としてご活躍なされている。

 そして今年は、ヒーローの面をつけて演技したというのだ!!驚いてしまって、倒れそうだった。Michiblog

そのヒーローは、どれか? 当てた人はかなりの、ヒーローアクション者です。新堀先輩にはある思い出があって・・・。

<続く>

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2008年9月30日 (火)

村枝賢一先生との熱い対談!

 日本にいる時に、お世話になった人はたくさんいる。

 今回は、200万部の大ヒット作「仮面ライダー・スピリッツ(魂)」を激筆する、魂の漫画家、村枝賢一先生だ。

Photo  俺の芯は、「仮面ライダー」「ゴレンジャー」を生んだ、武芸集団、大野剣友会だが、これまでの経験が面白いと、辰巳出版の「東映ヒーロー・マックス」の編集の方が、村枝先生との対談をセットしてくれたのだ。

 二人して、笑えることやら、何やらを話して、2時間ぐらい盛り上がっただろうか?「東映ヒーロー・マックス」11月発売号に掲載されるというので、楽しみにしている。原稿を見ていないので、どんなことが書かれているか自分でもわからんが・・。

 しかし、村枝先生は熱い!俺も、ライダーへの熱さは、誰にも負けんぞーとの自信があるが、先生の静かな口調にも、「私はライダーの魂を愛しているという。それは、ナルにならない孤独な戦いの魂だ」ってな感じの、気迫は凄いものがある。今回は、先生が俺の内容を引っ張り出す役割を演じてくれたので、村枝先生に迫ることができなかったが、次回会うときは、その情熱の正体が何なのかを、教えてほしいと思っている。

 当日は、村枝先生の秘蔵ライダー○○○(ご想像にお任せです)を拝見させて貰えるとのことだったが、話に熱中して、逃してしまった。

 次回は仕事抜きで、付き合って下さいませ。

忙しい所ありがとうございました。編集の○○さん、ありがとうございました。(名前伏せた方がいいですよね)

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2008年2月10日 (日)

仮面ライダーブラックRXの衣装

 ずいぶん間が開いてしまったけれど、皆さん元気ですか?今、色々なアクションを見直していて、究極のサムライアクションの型を模索中・・。これが、中々難しくて、さじ加減なのかどうか、考えると頭が痛くなるくらい、考え抜いているところです。

 今日、本棚を整理したら、仮面ライダーブラックRXのリアルな人形がでてきて、昔、衣装をつけていたのを、ふと思い出した。

 米国でアップ用の衣装をつくったんだけれど、胸のプロテクター部分の曲線がでなくって、なかなか体にフィットしなかったんだよね。ちゃんと採寸にいったし、コスチュームを製作した会社は、ハリウッド映画の造形を担当しているところだったんだけど、やっぱり日本のヒーロー物の造形会社(レインボー造形さんですw)っていうのは、微妙な部分で旨く出来ている。

 ハリウッドでの撮影では、日本のアクション用がまだ現存していたので、それを使ったんだけれど、胸の曲線にフィットするように、しっかり丸みを帯びていてアクションしやすかった。

なんでもそうだけれど、日本で生産されるものって、微妙なとこに手が届いていて、商品の信頼性が高いのはヒーローの衣装でも現れているから、面白いよね!

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2008年1月26日 (土)

日本滞在記⑤造形家 若狭新一さん

 日本の特撮造形家といえば若狭新一さんを上げたい。この人はゴジラや古くはウルトラマン、8マンの映画の造形をやっている凄い人なのだが、この人もなんと大野剣友会出身なのだ!!よく海外でゴジラの造形家として、コメンテイターとして来ていらっしゃっるようで、海外でも評価が高い。

 古くは「UFO大戦争 戦え!レッドタイガー」の造形もやってたと師匠から聞いていて、その造形物は前に事務所で見たことある。

 このブログでおれのことを探して頂いて、日本でお茶したのだが、なんとも楽しい人で剣友会のことを二人して語りあったのだ。

 日本のアクションが海外でも評価されればいいね~などと話していて、時間がなくってお互い頑張りましょうってな話になった。

 アクション業界とは違う業界でも、活躍している人でも、剣友会を故郷の様に思っている。やっぱり自分を育ててくれた故郷というのはとっても大切なものだ。日本を離れて最近は本当にそう思う。

故郷って自分の原点だよね!皆さんにとっての故郷ってなんですか?

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2008年1月12日 (土)

日本滞在記⑤日テレのアンカーの鈴木見潮さん

 超忙しい中、日テレのアンカーで読売新聞記者の鈴木美潮さんが時間を取ってくれた。出勤前の30分間に御茶ノ水のジョナサン(!)でお茶したのだ。

 6年ぶりの再会で、更に小顔の美白美人になっていて「お!TVの威力はやっぱ凄い!」と思いました。バリバリのキャリアウーマンなのだが、飾り気のない人柄が、長い間TV出演を続ける人気の秘密でしょう。彼女の大好きな日本の特撮関係の話を聞かせてもらい、

「やっぱり、日本のアクション業界は、きついな~~」と思いました。しかし異常に忙しい彼女が損得関係なく、特撮イベントを開催していてもう感心。

このイベントは、特撮関係の俳優やらアクション俳優さん達を呼んでトークショーを開催するのだ。

次回のイベントは2月9日、「チーフ祭」だそうです。

メーン出演者は、ボウケンレッドの高橋光臣さんだそうで、ローソンのチケットにアクセスするとチケットが購入できるそうなので、是非遊びにいって上げてください。

また、再会出来る日を楽しみにしてます!!

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2007年12月26日 (水)

日本滞在日記③漫画家 村枝賢一先生

 大野剣友会の岡田勝師匠に連れて行ってもらったのが、「仮面ライダースピリッツ」「Red」などで超人気の村枝賢一先生だ。

 ネット社会で、雑誌媒体不調の世の中で、漫画の売り上げ200万部以上!を誇る大ヒット漫画作家。なぜ連れて行ってもらったかといえば、やはり仮面ライダー関係なのだ。

 数年前に「仮面ライダー戦闘員日記」という舞台をプロデュースしたのだが、其の時にポスターを岡田師匠つながりで書いて頂いた。そして「仮面ライダーをつくった男たち」という漫画で大野剣友会を書いてもらって、今後何かお願いできればと思い、ご挨拶に伺ったのです。

 漫画で大忙しなのに、時間をとってもらい、「仮面ライダースピリッツ」と「仮面ライダーをつくった男たち」、果ては「Red」単行本全18巻を頂いてきた。

 「仮面ライダーをつくった男たち」は、ハッキシいって、これは絶対読んでほしい入魂作品、少年マガジンに連載されて、順位は1位だったそうで、思いっきり泣ける出来です。

で、先輩諸氏の出演オンパレード!これまた、漫画に描かれてる顔が特徴を捉えていてそっくりなのだ!!面長の中屋敷先輩、こわもての岡田師匠に完璧にサムライ入った大野会長。剣友会で叩き込まれた

「アクションはスタントではなく、演技、人間の自己表現である!」

の精神が描かれているのだ。そして子供達に夢を与えようという思いで溢れていて感動しました!のだ。

 ライダーファンならずとも、是非読んでほしい夢と愛と勇気を描いた一冊なのだ!読んでる最中は俺の体内の風車全開って感じて、赤いマフラーがナビキまくり!

ありがとうございます、村枝先生!っと帰りの飛行機の中で手を合せました。

そして「RED」ですが・・・これがまた、ヘビーなのだ。

to be continued

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2007年12月23日 (日)

日本滞在日記②兄弟子、新堀和男先輩

12月1日(土曜日)いってきました、後楽園ショー。獣拳戦隊ゲキレンジャーのショーに新堀和男先輩につれていってもらった。

 新堀先輩といえば、仮面ライダーアマゾンなど歴代ライダーのアクション俳優で、戦隊シリーズのアカレンジャーからジェットマンのアカ戦士全てを演じきった凄い先輩だ。

 昔仮面ライダースーパー1ショーで立ち回りを間違えて、ぶっ飛ばされた時に、「お前が悪いんだぞ」

俺、「済みませんでした」

なんてこともあり、撮影かなにかの帰りに送ってもらった時に、一言

「疲れたろ・・・」

俺、

「はい・・」

実はすっごい優しい人なのだと思って、当時16歳だった俺は、参ってしまった記憶がある。他のアクションメンバーに聞いたら、

「俺にもいってくれたよ・・」

あの、もの凄いアクションの肉体技に、秘めた心の”美しさ”を知ったものだ。

久方ぶりにお会いしたけど、あの眼光の鋭さは変わらず、ゲキレンジャーのアクション監督を担当するとのこと。

また、是非お会いしたいです!

ちなみに舞台裏は、ベテランの方々もいて今も現役で面(メン)つけて、ヒーローを演じる姿は感動物でした。

次回は「仮面ライダースピリッツ」「レッド」を書いている漫画家、村枝賢一先生です。

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2007年12月13日 (木)

日本滞在日記①大野剣友会、岡田勝師匠

6年ぶりの東京は、寒かったですよ~。しかし、皆さん時間を割いて会ってくれたのには感激でした。この場を借りてお礼を申し上げます。

 さて、様々な業界の方とお会いして、楽しい時間を過ごした話を紹介。カメラを持っていかなかったのが、ちょっと後悔ですが、それでは、行きます。

 トップバッターは、私のアクションの師、大野剣友会代表 岡田勝師匠。

知ってる人は知っている、「仮面ライダー」一期のアクションを全て担当したアクションの師匠です。「秘密戦隊ゴレンジャー」、「スケバン刑事」のアクションだって、この人ありきです。

 今や剣道5段で、TVのアクション監督も現役。お茶してうどんをすすりながら、ライダーを演じて、アクションつけていた頃の話に花が咲きました。

「仮面ヒーローのお手本も当然なく、必死でメン(仮面)つけてアクションしてたなあ。それだけだよ・・・。」 と言う言葉が印象に残る。今、アメリカで生きていられるのも、貴方のお陰です。

そうそう、ミスター仮面ライダーの名を馳せる、中屋敷哲也大先輩とも電話をつないでくれました。今は日光江戸村の俳優で、大忙しとのこと。

 いつかまた、一緒に仕事が出来ればと思って、再会を約束しました。また、お会いできるのを楽しみにしてます!

次回は戦隊シリーズのアカ戦士を演じた新堀和男先輩です。

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2007年6月29日 (金)

仮面ライダーの中江真司さん、死去

「仮面ライダー、本郷猛は改造人間である!」

あのオープニングに乗って語られる奇跡ナレーション。

ああ、ショック!

 仮面ライダーのナレーターの中江真司さんが、亡くなってしまった・・。最近では「トリビアの泉」なんかでも大活躍していたのに。

 あのナレーションを聞くと、今でも胸がドキドキ高鳴るライダー好きの俺は、かなりショック。

 元祖殺陣師の高橋一俊さんや、ライダーの超先輩、中村文弥さん、立花藤兵衛役でウルトラマンの隊長でもあった、小林昭二さん、塚本信夫さんも亡くなっている。

 時というのは、どんどん過ぎていくけれど、残された感動は人の心に刻まれているんだよなあ。

本当に残念だけれど、たくさん感動させてもらいました、あのクールな声に。

仮面ライダー本郷猛は改造人間である。

彼を改造したショッカーは世界征服を企む

悪の秘密結社である。

仮面ライダーは人間の自由のために、ショッカーと戦うのだ!

たくさんの感動と勇気をありがとう、中江真司さん!ご冥福をお祈り致します。

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2007年6月14日 (木)

ストロング金剛(小林)さん in バイオマン

 超電子バイオマンに戦闘員で出演していた頃、元プロレスラーのストロング金剛(小林)さんが、悪の幹部役で出演してた。

 プロレス大好きの俺は、あき時間にすかさず話しかけたのだが、

俺:一番強かったプロレスラーは誰?

なんとその答えは、

金剛さん:エル・カネック!

(ええ~~、メキシコの元ジュニアヘビーのあんま強くないレスラーじゃん)

俺:じゃあ、猪木さんはどうですか?

昭和の巌流島決戦で、2敗したことを尋ねると(俺も大胆な事を聞いたものだ)

金剛さん:たいしたことないね~~

俺:(うっそ~、負けてるのに~~)

っと、心密かに叫んだが、そのとたん、

金剛さん:君、ヒンズースクワットやってみな!!

(ええ~~、これからまだ仕事があるのに~~~汗)

と、足の屈伸運動をさせらて、参った。これってかなりきついトレーニングで、その後のアクションシーンがきつかったこと!

負けた相手のことを聞いた、罰だ!と思ってしまったが、一生懸命やりましたよー!

ああ、NO PAIN, NO GAIN

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2007年6月 7日 (木)

ステージショーその2、宇宙刑事ギャバン、初めての主役

大野剣友会に入門して、初めての主役が

宇宙刑事 ギャバン !!

だった。その時は中屋敷哲也先輩が悪ボスで、殺陣師が岡田勝師匠という今思えば凄いメンバーだった。

緊張しながら、岡田師匠に手をつけてもらい、手合わせ(注1)し、本番!

「宇宙刑事ギャバン!」.

っと名乗ってポーズを切り、立ち回りをしたが、初めての主役でもう

大緊張!

最後に中屋敷先輩に二段蹴りで終わったが、緊張しすぎてそのことしか覚えておらず、観客の顔も見えなかった。終わったら

ゼ~~、ゼ~~。

でも先輩達は、息を切らずに平然としている。力の抜き方がわかっていて、スタミナ配分にも長けていてビックリ!!

終わったら、もっと見栄をゆっくり切ればよかったとか、もっとスムーズに蹴ればよかったとか、考えることしきり。

やっぱりベテランは凄いと思ったはじめての主役でした。ああ、懐かしい!

注1)アクションのリハーサルのこと。

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2007年6月 4日 (月)

ショーの話、その1

日本では大野剣友会時代に様々なショーにいったけど、ゴジラショーはやってる自分が笑った。

 Xライダーを演じた笹本先輩がゴジラで俺、バニラって青い怪獣に入ったけど、そこに

戦闘員と悪のボスがいるという

笑えるシチュエーション。

どうやってショーにするかと言えば、悪ボスが世界征服のためにデパートにやってきた。戦闘員が観客を襲うとそこに現れる

ゴジラ!!

でも、尻尾をいれると5メーターぐらいの長さで、有に50キロはある気ぐるみ。舞台中央に出てくるまでに20秒ぐらいかかる間の持たなさ。

しょーがないので、舞台の脇から出てきたら、そこで一発泣き声を入れて、戦闘員が襲い掛かる。

対するゴジラは歩きながら、戦闘員を吹っ飛ばして舞台中央へ。

ぶっ飛ばそうにも、パンチもキックもゴジラはできないので、戦闘員全員でゴジラの大きな手を持ち、

1、2、サーン!

っと一斉に戦闘員はトンボを切る!(空中回転の一テクニックです)。そして悪ボスが現れて、俺が入ったバニラを呼んで、巨大(じゃないけど)怪獣同士の一騎打ち!

お姉さんのお約束MCが入って、

さあ、皆ゴジラを応援して~~、ゴジラああああっ!!

とキッズを盛り立て、俺は一生懸命トンボを切って、やられる。

その後、悪ボスが、ゆっくりと一回転するゴジラの尻尾に足を引っ掛けられて退散するみたいな・・。

まるでお笑いのような内容になってしまうが、やってる方は必死でショーにしようとしてるのだ。

終わった後の、汗のかきっぷりは半端じゃなく、全身びしょびしょで、消耗しまくりだった。

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2007年6月 3日 (日)

得するって一番ヤバイ?!

今、俺は自分が望んだようにアメリカに住んで、様々な人種の人と親交を持つようになったけれど、アメリカに住むというだけで、様々な挫折をした。

 とにかく、ハリウッドで仕事がしたくてアメリカに来ようとしたけど、ビザのことで七転八倒したなあ。

 スタントでは労働ビザが取れないと言う事で、とにかく自分の持てる能力をつかって労働ビザをとろうとして、何回もアメリカに飛んでいった。

 米国でやっとのことで就職先を見つけて、日本に帰ったら米大使館でビザ保留。また、アメリカに飛んで再就職先を見つけて日本に帰り、やっとオッケーがでた。

 その前には、弁護士にお金だけ取られて、2度騙されたことも、あったなあ。今では自分も間抜けだったと思うけど、騙す方も酷かったよね。

 何でもできるから、$1500を今すぐ、銀行に一緒に行きましょう!

とか言われて、払ったらほったらかしで、何もない。その時に

何でもできる、得する!

って言うのは一番危ないって習ったよね。このアメリカで。

勉強料だと今は思えるけど、騙してきたのが同胞だと思っていた(ちょっと古い言い回しだけど)日本人だったのがショックだった。そんなことがあってもめげずに、何回もチャレンジしてなかなか手に出来ないビザが取れたのは3年後だった。

(To be continued)

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2007年5月30日 (水)

日本の剣アクションはバレエ?

 アメリカ人の前で、剣の動きを見せると

That's beatiful, Michi !

と、よく言われる。日本の剣の動きはサムライとか忍者になるんだけど、忍者刀の逆手の動きは円を描きながら動けるから、とても面白い。

その円の動きが綺麗と思うらしい。特に白人の目にはバレエのように写るみたいで、

メチャ、理にかなった動きだね~~

というのである。

そういえば、ジャッキーチェン、ジェット・リーなど東洋人の入る以前のハリウッドの忍者映画は、刀のさばき方が異様に硬いから次の動きにつながって来ないんだよね。

 俺的にいうと、香港アクションの1・2・3のリズムにはどうも違和感がある。やはりためと、希薄のアクションの方が好きだなあ。

 「魔界転生」の千葉真一さんVS若山富三郎のラストの剣殺陣は、迫力満点だった。最近、NHKの大河ドラマにでてるけど、昔の「影の軍団」の

「天魔含めず・・・」

の様なかっこよさがなくて、ちょっと物足りないと思うのは俺だけだろうか?

昔の千葉ちゃんは、本当にかっこよかったよなあ

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2007年5月29日 (火)

やあやあと丹波哲郎さん

 この間、何気なく映画サイトをみていたら、キーハンター、Gメン’75を見てしまい、そのアクションシーンやら、かなり大げさで思わずにやけていると

ライダーV3の宮内洋さんが、Gメンで、あのブルーズ・リーの敵役とハード(!)なアクションを演じていてちょっと笑ってしまった。これは香港シリーズと銘打った話で、子供の頃リアルタイムで見ていた。今見ると、ああ、かなり大げさです。

 そして御大、丹波哲郎さんが画面にでてきて、東映撮影所のことをふと、思い出した。「ペットントン」という子供番組に出ていた時に、丹波さんが車で撮影所に入ってきた。

当時は受付チェックも大甘の時代で、運転手付のベンツに乗って入ってきた。スタッフの誰かが

「丹波先生が入ってこられました!」

か、なんか言って、スタッフ、キャストともにセットから表に走りでて、車に向かって挨拶。丹波さんは、

「やあやあ~~」

と言って機嫌良さそうに、手を振って入っていた。当時高校生だった俺は、

これが芸能界のしきたりかあ

と、関心するやら感動するやらだった。こんな状況って、今の日本の芸能界もそうなのだろうか。ちなみにアメリカでは、そんなこと絶対にありえない。どんなスターが入ろうが、

知ったこっちゃない!

ってな態度だよね、皆。

個人主義だからなあ・・。敬語も事実上ないに等しいし・・。

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2007年5月27日 (日)

仮面ライダーの一話は凄い!

アメリカはただ今、3連休中で帰省する人やら旅行する人やらで、ごった返している。そんな中、サムライ・カラテ・スタジオは土曜日本校を空けて、稽古を続けあまり忙しさには代わりがない。

 そんな中、あるキッカケで「仮面ライダー」の第一話を改めて見た。これが、凄い創意工夫の宝庫で驚いたよなああ。

当時は変身仮面物なんてジャンルがない時代。改造人間ってどんなだかわからないし、どう表現していいのかわからないはず。

 それなのに、トランポリン使ってジャンプしたり、コマ落としやら、逆回転やらのコンボの嵐で改造人間がいたら、こんな動きするだろーなあ・・。ってなことをあらゆる手を使ってその超人ぶりを表現している。

 それを支える脚本がまた、凄くて仮面ライダー役の藤岡弘さんが

「俺は改造人間のまま、二度と人間には戻れないのかあ・・・(苦悩)」

などと、言う。完全に子供番組の域を超えてる。

大野剣友会の大先輩もバンバン顔がでてて、本当に懐かしかった。東映ヒーローの大部分を演じた中村文弥大先輩なんかでまくってました。それでもって、蹴りなんかもたまに入っちゃったりしてて

オイオイ・・、喧嘩じゃないんだから!!

華麗なアクションとCGを駆使した現代のライダーはとても美しいけれど、そこにはない、手作りの凄みがあって逆に新鮮だった。

是非、一度皆に見てほしいなあ。

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2007年5月25日 (金)

ショッカーになる資格

イー!!

これって、仮面ライダーの敵、ショッカーの返事なのだ。人によって

イー

とか

キキ~~

とかいう。

俺が大野剣友会にいた時は、スーパー1が終わった頃で、皆

トィ~~

って、ショッカーの声を出していた。先輩に、

やってみな

と言われて

トイ~

って言ったら

もっと腹から声だせよ、こうだよ

ティ~~

はい、て~~

て~じゃねーよティ~~だよ!!

あんま変わんないなああとは思ったけど、先輩は立てなきゃいけない世界なので、一生懸命

トィ~~

って仮面ライダーショーの合間に練習したものです。はたからみたら、なんなんだ、こいつら状態ですが、ショッカーになれるかどうかのテストです。

さあ、皆さんも言ってください、せ~の、

トィー!!

お腹から力一杯、響き渡るような声を出して、君もショッカーになろう!

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2007年5月 4日 (金)

仮面と映像の話

 この間、友人がくれたDVD「人造人間キカイダー」を見た。ご存知、石ノ森章太郎先生の原作、デザインだ。

 35年も前の作品なんだけど、いや~デザインが凄いよね。体色が右と左に真っ二つに分かれてて、それも青と赤。頭の半分は機械が出てるっていうのが、凄いよなあ!それも30年も前だもん。発想が強烈だ

 石ノ森先生はその後、5色のヒーロー、ゴレンジャーを生み出して世界のパワーレンジャーへとつなげていったんだけど、5色で分けられたキャラって、移民の国じゃドンピシャだよね。どんな人種の子供だってヒーローになれるんだから。

 それで、思い出したんだけど、20年前に新宿NSビルで東映ヒーローショーをやっていて、俺もショーに出演していた。怪獣倉庫からあらゆるキャラやバイクなんかも展示されて、それはそれは大掛かりなイベントだった。

それで最終日にかたずけも手伝うことになって、なんとそこに、撮影で使われた「キカイダー」の面(メン)が横たわっていたのだ。頭の機械を覆うプラスティックの部分はヒビが入っていて、ゴロンという感じで上を向いていた。

 着ぐるみって、アクション俳優が脱いだ段階で生が抜かれて、なんかこう、言葉では現せないムードになる。キカイダーの面の時も、見てはいけない物を見てしまったようで、すぐその場を立ち去った記憶がある。

 でも画面では、目に仕込んだ電飾が光って「キカイダー」が生き生きと、生きてた。

懐かしいっていうか、35年たっても映像っていうのは人の記憶を蘇らせてくれるんだなあと、つくづく思ったよね。

ちなみにキカイダーも「超人機メタルダー」って作品で、オマージュ的に復活してるよね。

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2007年5月 3日 (木)

アクションと綺麗だね

仮面の不思議っていうのがある。人って変身願望があると思うけど、ヒーローのコスチュームをつけると、なぜか気分が変わる。

 俺の場合は、まずシナリオありきで、入るキャラクターの心象なんかを理解した上で、コスチュームを着る。

 まず下タイツ(注1)を着て、本物のスーツを着る。ブーツを着けてベルトを締めて、下面(注2)をつけて手袋をはめる。

 そんな状況を経ていると、もう気分はヒーローモードだ。最後に面をつけるのだがその前にその仮面とニラメッコ!

 俺はこいつになるんだなあ!!

と思いながら(もうキャラが心に染み込んでる)、面をつける。すると視界が思い切り限られて、呼吸もほとんどダースベーダー!

すー!は~~すー!は~~

っていう音が聞こえて、面の中にこもる。歩き始めるとスタッフの視線が突き刺さってくる。この時点で気持ちがそのキャラに成りきっているから不思議だ。更に

アクション!

って声で、アクションやら演技をする訳だ。

 これ書いててふと思ったけれど、この気分て多分、(多分だが)女性のお化粧に似てるんじゃないかなあ。鏡の前でお化粧し、外出用の顔になり、彼氏に綺麗だと言われると女キャラモードが盛り上がる。

綺麗だね=アクション!

この言葉ってイコールになる気がするが、どうだかなあ・・・。

注1:スーツの下に着る予備の全身タイツ。過激なアクションなんかで、汗の量も凄いので、これで汗を吸い取ったりする。

注2:面の下につけるタイツ地のほっかむり。仮面ライダー1号、2号の頃はこれがなくて直接面(メン)を被ってた。後ろからアクション俳優の髪が出て、”改造人間”っていうコンセプトと相まって、あれが良かった!って人も多いと思う。下面をつけ始めたのはV3から。

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2007年4月19日 (木)

最終回 きっぱりアクション俳優―スーツアクターと言う言葉⑱

俺の場合も、「仮面ライダー」のアクションに憧れて、いつの間にかアクション俳優になっていた。シリーズを読めば分かる通り、元々ファンだったので、スーツアクターと呼んでその人のファンになる気持ちはとても良く分かる。そして面をつける仕事を、スーツアクターと呼ぶことで、その分野を尖らせたのも見逃せない功だ。  

 事実、俺が大野剣友会に入った25年前に、中に入った俳優の人気投票なんてありえなかったし、そもそも全く日の当たらない世界だった。それをここまで持ち上げてくれるのは、ファンの応援のお陰なのだ。  

 昔小学館の「てれびくん」の編集者だった頃(たしかジェットマンだったかな・・)、戦隊の担当編集が編集長と話をしていて

 「今日撮影会があって、写真取りにいったら、日下(注1)さんがいなくて、しょうがないんで素人が入ったんすよ。ポーズが決まらなくって困っちゃって」

 といっていて、横で俺は

「そりゃそ~でしょ~」

  と、思いまくった。それこそ演技したことのないエキストラが、主役やっても無理なのと同じだ。でも、当時は、“ADでも中に入れば事足りる“程度の認識だったから、そんな話しを聞くに付け、俺は面芝居に誇りを感じて、やっぱり特殊技能、特殊表現だなあと思う。

  だからこそ、スーツ専用のアクターというより、その表現を身につけた俳優達と位置付けるのが良い気がするのだ。言葉の否定だけで、終りにしたくなかったので、面を付ける俳優の仕事内容や心情、状況を出来る限り紹介したつもりだ。  

 今の俺的に言えば、“スーツアクター”と言う言葉には、ピッタリ感がない。どちからかと言えば、スーツ・アクティング・メソッドが正しい表現だと思う。そして、俺は面を被る俳優はきっぱり

アクション俳優! 

と呼びます。  

でも最後は、アクション俳優やこの業界を応援してくれるファンの皆さんの感性だ。この連載が面(メン)を付けて演ずる仕事の理解の一端になればと思ってます。  

 そして、俺は日本の武芸アクションを世界に広めるべくアメリカから発信していきます。2月から始めたブログは、アクセス5000を超えました。読んでくれた皆さん、ありがとう。そしてこれからもヨロシク!

No pain, no gain ! 

 (注1)日下秀昭さんは、電子戦隊デンジマンからロボットを中心にアクション俳優として活躍中です。俺は、スカイライダーのショーで一度だけご一緒させて頂きました。

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2007年4月18日 (水)

アンリミティッドな世界観―スーツアクターと言う言葉⑰

 演技をする上で、幅を決められることほど怖い物はない。それによって、吸収することが限定され、表現の限定までされる気がするからだ。もともと表現というのは、無限な訳で、限定されることが一番怖い。

 そう、それでスーツアクターという限定される言葉を、アクションを演じている俳優は恐れるのだ。スーツアクターという言葉が、凄いとか凄くないとかそういうことではない。枠決めされることを恐れ、窮屈を感じる。

 これは、ひょっとすると肌感覚の問題になってる。このシリーズを読んでくれている皆さんに、届いているかどうか分からないけれど、その部分で抵抗感を感じるのだと思う。

 面を付けて演技する俳優も、色んなことを感じてそれを無限に表現したいと思っている。それは俳優だからだ。だからみな、スーツアクターと言う言葉より、その記号化された枠決めがいやなのだと思う。だから俳優と言う限定されない言葉で様々な表現をしたいのではないだろうか。

 今回は色々なことを考えてみたけれど、俺の結論は、気ぐるみを着て演技する人達を俳優と呼びたいし、一番抵抗のない言葉だと思っている。

 (次回は最終回です。)

No pain, no gain !

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2007年4月16日 (月)

良い役者はアクションもできる!―スーツアクターと言う言葉⑯

縁あって、アメリカに辿り着き、幸運にもハリウッド版「仮面ライダー」のアクションを担当できた。そして様々なアメリカ人スタントマンと仕事をしたのだけど、結構ライダーとか戦隊が好きな若いスタントマンが多かった。

 そして彼らが一様に言うのが、

「ポーズがクールだ!!」

なのだ。そしてそのポーズ=見得=歌舞伎なのだけれど、彼らが見得を切ると、何か違うといつも思う。皆入り口から入って、真似をするのだが、何故そのポーズをとるかまでは、考えが至らない。俺的には敵に対する威嚇。いわばライオンの咆哮、そのキャラの存在の象徴だと思ってる。

 COOLであれば、良いと言う物ではない。何事にも理由があるのだ。 そして、思い出すのが、大野剣友会の岡田勝師匠の

「良い役者は、立ち回りも上手だ」

なのだ。なるほど一時面をつけていた真田広之さんも春田純一さんも演技はしっかりしている。一世を風靡した歌手の長渕剛さんも岡田師匠が殺陣をつけているのだが、これもいいアクションだった。

俺の場合も、面芝居、アクション監督、監督、演技もやるので、面をつけてやる仕事で、スーツアクターだったと言うのも、なんか違うような気がするのだ。そしてそれは、現在スーツアクターと呼ばれる人達の”気分”も一緒だと思う。演技の幅を限定されるような気がするのだ。だから、現場からはちょっとなああ・・・。という声があがるのではないだろうか。

To be continued

No pain, no gain!

 

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2007年4月10日 (火)

面芝居は世界に通じる日本芸術―スーツアクターと言う言葉⑮

 仮面ライダーのアクションを演じることが、一つの夢だった俺。しかし、ライダーの基本になる演技と殺陣の方法を手に入れた時、むくむくと

 「もっと違った可能性もあるんじゃないかな・・・」

 と思い始めた。その時、期せずしてもらった、岡田勝師匠からの大野剣友会正会員と仮面ライダーのアクション俳優への勧め。それは心から嬉しかった。そして考えに考え抜いた結論。

  「今日限りで大野剣友会を止めます・・」 

 今思えば、仮面ライダーで昇華した日本独特の仮面演技=面芝居を、仮面ライダーでとどめるだけでなく、世に広く知らせたいと思っていたのだ。

 そう言えば何時だったか

 「ハリウッド版“仮面ライダー”のスーツアクターだったMICHIさんです」

 と紹介されて、物凄く違和感があったことを思い出す。その根本が

 “面芝居はスーツアクターという範囲だけじゃなく、もっと世界に通じる日本独特の肉体芸術なのだ”

  と抵抗したかったのだと思う。アメリカに旅行するようになり、もっと其の思いは強くなった。

(To be continued)

No pain, no gain!  

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2007年4月 9日 (月)

大野剣友会との決別―スーツアクターと言う言葉⑭

仮面ヒーローのアクションは、日本文化の象徴!そんなことを認識した20歳前後の俺。仮面ヒーローに憧れてこの世界に入った俺と、それを初めから仕事として演じていた諸先輩方とは意識の差ががあったのだ。

 

 現にあるベテラン先輩は、

「何時までたってもライダーかあ・・」

と言う人もいれば、素面の仕事を求めてやめていった人も多くいた。俺は逆に指先一本の動きで表情の変わるアクション芝居が面白くなっていた。そんな中、岡田勝師匠から

「大野剣友会で正会員になれよ。俺の言うことをしっかりと聞いたら“仮面ライダー”の主役に入れてやる」

っと、驚きの一言をもらった。俺は其の時、本当にドキッとして、もやもやした気持ちにピリオドを打つことを決意した。

「大野剣友会をやめよう・・・」

( To be continued

No pain, no gain!

 

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2007年4月 8日 (日)

仮面アクションこそ、日本文化の象徴!!!⑬

アクションの業界に入って、慣れてくると色々なことが見えてくる。面を被る中屋敷先輩や新堀先輩と絡んでみて、アクションを演じる人にも個性や信念があることがわかったし、その表現は千差万別、終りがないことも知った。しかし一般社会ではアクションが特別な技術と認められていないことが悔しかった。

ある日神社に行った時のこと。日も落ちて、たいまつのかがり火の中で、能が演じられていた。それは、囃子の伝統音楽で能面を被って表現する日本の演劇。

面芝居!!

 この頃は言葉には、表せなかったけれど自分の中で、ヒーローアクションへの誇りが確固たる物となった。「仮面ライダー」は表情のない面で、体の動き全体で喜怒哀楽を表現する。変身ポーズや見栄は、歌舞伎。更に身を守る武道も源流にある・・・。そうか、

仮面アクションこそ、日本文化の象徴!!!(炎上!!!)

 この確信はアメリカにきて、更に現実味を帯びた。アメリカのヒーローには、顔が出ているデザインの方が圧倒的に多い。バットマン、スーパーマン、ワンダーウーマン。自分こそ正義と主張するのがアメリカヒーローなら、誰にも知られず戦う孤高のヒーローがジャパニーズヒーロー。この時から、

仮面ヒーローを演じられる者こそ、孤高の選ばれし俳優!!(もっと炎上!!)

と思うようになり、アクションの仕事がもっと好きになって、はまってしまったのだ!そして、自分のオリジナルのアクションを作ってみたいと思うようになる。

(To be continued)

No pain, no gain!

 

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2007年4月 6日 (金)

アクションの袋小路―スーツアクターと言う言葉⑪

大野剣友会への入門は、練習(292007を参照下さい)に出ているうちに許されて、高校通学中ということもあって準会員となった。厳しい稽古を経て、初出演は「仮面ライダースーパー1ショー」で閉館した千葉県勝浦市の行川アイランドでお正月公演だった。

 主演俳優の高杉俊价氏も出演した豪華ショーだった。怪人役には、キレンジャーのアクションを演じた天野正登先輩もいた。俺は、下っ端の黒ずくめの戦闘員で、覚えたての技術を目一杯使ってアクションに参加させてもらった。この時の剣友会は、皆、空手着を着てリハーサルをし、武道家の風情で手をつけていた(注1)。

 其の時に歴代の仮面ライダーを演じた、中屋敷哲也先輩は居なかったが、高杉氏が、

「中屋敷さんには、ほんと色んなことを教わったよなあ~」

っと話してくれて、

「スーパー1の素面(注2)の高杉さんが、中屋敷さんのことを褒めてる・・。どんなに凄いアクションなんだろう・・・?」

と思った。そして、中屋敷先輩との遭遇は、ある稽古の日。フラッと現れた中屋敷先輩は、時代劇俳優といったムードで、長い手足に長身。物腰柔らかくやってきた。そのアクションは正に、生粋の時代劇役者で、優美な動きでからみを投げ捨てた。その動きは仮面ライダーの中身というより、もっと巨大な感じがして

「この人が、仮面ライダーなのか・・・。そもそもライダーを演じることとは、なんだろう・・・?」

っと子供ながらに思った。当時はレッド現役バリバリだった新堀和男先輩にも、よく稽古をつけてもらったが、中屋敷先輩とは正反対の激しいアクションだった。新堀先輩はライダー2号やアマゾンも演じているのに、

「こんなにアクションの方向が違う。面をつけてる時と、自分の元々もっているアクションの個性はこんなに違うんだ」

と思った。何だが、アクションの袋小路に入った感じなのだが、ある日、大野剣友会の事務所で1枚の写真を見た。それが一つの解決の糸口となる・・・。

( To be continued

No pain, no gain!

(注1)アクションの型を決めるのを”手をつける”といい、リハーサルを”手合わせ”という。この”手合わせ”と言う言葉は、軍記物語「太平記」の古典文学で使われていて、戦いの意。アクションの歴史を紐解くには、興味深い言葉の使い方だ。

(注2)変身前の役者さんを素面(すめん)と呼ぶ。決してしらふとは読みませんので悪しからずw。

 

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2007年4月 3日 (火)

漢字が似合う岡田勝師匠ースーツアクターと言う言葉その⑨

 自主映画、「ダブルライダーvsショッカー」の上映会は終わった。現場の人間が何人か見に来ていたが、何も言わずに引き上げ立ていった。平山プロデューサーらが示した反応とは真反対のような感じで、むしろ重苦しかったのだ。

「きっと、面白くなかったんだ・・」

其の時はそう思ったけれど、多分、現場の人達はあてつけのような気分になったのだと思う。其の中で、仮面ライダーの技闘(注1)、大野剣友会の岡田勝さんはどうという反応は示さなかった。でも勇気を振り絞って近づいていった。パンチパーマに浅黒い顔。現場で外にでているための日焼けだと思うが、それが健康的で神々しく見えた。今で言うスーツアクターという横文字の最も似合わない、いわいる殺陣師という漢字がぴったりの風貌だった。

「あの、8ミリ映画、どうだったでしょうか・・・?」

恐る恐る尋ねると、

「ああ、面白かったよ。」

と恥ずかしそうに笑い、心の中で俺は、

「ああ、ライダーアクションしてる人が、しゃべってる!面白かったって言ってるぞ~。よし、言え、言うんだ、言え~!」(大炎上!)

そして、もう一押し、

「あ、あの~、もし良かったら・・・、練習、参加させてくれませんか?!

「え、やりて~の?おお、来いよ!

俺は心の中で

「おお、来いよ!」

が響き渡り、思いっきり

「オッシャ~ああああっ!!」

とガッツポーズ!遂に本物のライダーアクションに手が届いて、信じられない気持ちで一杯だった。この出会いが、俺のアクション人生の始まりであり、大野剣友会での様々な出会い、そして出来事が、人生のテーマである“日本の武芸アクション”に繋がっていく。

なぜか?

ヒーローアクションは海のように広く、終わりのない地平の様な物だからだ。

To be continued

(注1) 70年代のライダーはアクションを作るスタッフ(アクション監督)を“技闘”と呼び、アクションを担当する俳優をシン(主役)とからみ(やられ役)と呼んだ。当時、子供番組のアクションは、時代劇のアクションを担当する剣友会が担当していたために、この呼び名が使われていた。一般的に言えば“斬られ役”、“大部屋俳優”がこれに相当する。

No pain, no gain!

 

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2007年4月 2日 (月)

仮面ライダー殺陣師のたたずまいースーツアクターという言葉⑧

漫画界の巨匠、石ノ森章太郎先生が、俺達の8ミリ自主映画制作を見て

100点満点中、75点。アマチュアの点数としては、物凄く良い点だよ。特にアクションシーンは、前のめりで見ちゃったぐらい!」

アクションシーン?!!

ライダーアクション大好きな俺としては、自分のアクションを石ノ森先生に褒めてもらって、とても嬉しく、

「今度はオリジナリティを出して勝負しなさい」

と、おっしゃってくれた。

その後、阿部征二プロデューサーが、

殺陣が高橋一俊(注1)だったねー。

平山亨プロデューサーも

そうだね~。

っと最上級の褒め言葉。

殺陣が高橋一俊なんて、嬉しすぎる!

と思い。

君らはTVの制約とかが、一切ないんだから、もっとメチャクチャなことをやったらいいよ

と次の展開まで、示唆してくれた。その後、高校生の小僧を相手に、中華料理屋まで連れて行ってくれて、夢の様なお食事会!もう25年も前だから、細かいことまでは記憶にないが、とにかくどうやったらあんなに我々のやっていることを、高校生なのに表現できるかと聞かれた記憶がある。食事会の終わりに、

「こんど撮影所で、皆に見せたいなあ~」

と誰かがおっしゃてくれ、

俺はまた、

撮影所にもいける?!→大野剣友会の人達にも会える!→マジかよ~!!」

と思い、

これまた、凄いことになってきた!

とドキドキで岐路に着いた。

数日後に電話をし、東映大泉撮影所の試写室にいくと、そこには大野剣友会の仮面ライダーの殺陣師、岡田勝氏(注2)が

バーン

っと座っていた。

「お~、この人が、本当の仮面ライダーだああああ!!」

もう雑誌でお顔を拝見済みなので、ドギマギしながら挨拶したら

「オオゥ!!」

っと、まるで極道の世界の様な貫禄だった。俺は、もし撮影所で岡田さんに会ったら、絶対に伝えたいと思った言葉があった。でも、それは、映画を気に入ってくれなければ受け入れてくれない思いだ。俺の胸は映画を上映しながら、小刻みに震えていた。

To be continued

(注1)大野剣友会2代目殺陣師。柔道一直線から東映子供作品に参加し、「仮面ライダー」「超人バロム1」「変身忍者嵐」「秘密戦隊ゴレンジャー」などの伝説のポーズを全て考案する。スカイライダーの頃には、ビッグアクションというチームを作り独立していた。後に「怪傑ズバット」「忍者キャプター」「バトルフィーバーJ」のアクションを担当し、その後島倉千代子などの大物歌手の舞台の殺陣を務める。亡くなる寸前に大野剣友会への復帰を望んだとも伝えられる。

(注2)俺の直接の師匠で大野剣友会3代目の殺陣師。スカイライダー、スーパー1の変身ポーズは岡田師匠の考案。スーパー1の変身ポーズは梅花のイメージですが、あれは寝床でふとイメージが沸いて、これだ!っと思ったそうだ。

No pain, on gain!

 

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2007年3月31日 (土)

刻々と近づくチャンス・・。-スーツアクターと言う言葉 その⑥

仮面ライダーの本当の正体を知った俺は中学生。新しい学校で迎えた同級生に、当時山口百恵、桜田淳子、森昌子主演映画「花の高2トリオ」などの脚本家で著名な才賀明(注1)氏のご子息がいた。この彼が才賀博之氏(注2)で、大河ドラマにも台詞ありで出演もしていて、芸達者な奴なのだ。彼が、あの頃高級品に入る8ミリカメラを持っていて、親友の寺田クンと

「8ミリで映画を撮ろう!」

と言い始め、その題材はあの、

柔道一直線(注3)!!

友達に柔道ができる奴がいて、ほとんど決まりかけていたが、その話を聞きつけた俺は、

「いや、仮面ライダーにしよう!」

「ええ!!できないよ。衣装とか仮面どうすんだよ?」

「俺が、つくる!」

Samuraistuntteam2 生身のライダーの正体を知った俺は、これは自分が映像の中でライダーになれるチャンス!と思い、思わず口走ってしまった。でも、つぎはぎフルフェイスマスクを作った経験から、何とかなると思い、バンダイの子会社、ポビー(注4)が販売していた、ライダーとV3のマスクを改造。衣装はジャージに発泡スチロールで作ったコンバーターラング(注5)とベルトを着けて完成させた。衣装を見た友人達は出来の良さに驚いて、やる気満々。ライダーアクションはもちろん見よう見まね。俺は、球技や50メーター走なんかはからっきしダメだったけれど、蹴りやらパンチやらはなぜか得意で、足も高く上がった。上がりゃ良いってもんじゃないのは、後年わかるようになるのだが・・・。

祖母が持っていた東京青梅市にある御岳山の別荘に泊り込みでの撮影。あたりは山に囲まれた川原で、正にライダーにでてくる地獄河原ってな様相だった。中学生にできる最大の努力をして映像上で夢の仮面ライダーになり、一本目が完成。それが友達の間で話題になり、クラスメートの父親が毎日新聞の記者をしていて毎日中学生新聞にデカデカと写真入りでとりあげられた。気を良くした俺らが、1年半の準備をして、今度作った作品が「ダブルライダーVSショッカー」。ダブルライダーが二人の怪人を倒すというストーリーで寺田くんは一号ライダー、俺が2号ライダーを演じ、才賀氏は怪人製作と怪人を演じる。監督、脚本、編集は俺が担当した。

 この作品が完成した段階で、弟が購読していた徳間書店TV雑誌「テレビランド」(注6)に、手製の着ぐるみライダーの写真を郵送した。これを見た編集部が面白がって取材にきて、会員だけに郵送している「仮面ライダー新聞」で大きく取り上げてくれた。その後、編集部から連絡があり

「編集長が興味があるって言ってるから、徳間書店で上映会やってくれない?」

雑誌社の編集部といえば、高校生としては憧れの場所だ。勇んで持っていくと、そこには山平松生編集長(注7)がいて、

「こりゃ、面白い!今スカイライダーの製作してるから、東映に持ってって、刺激与えて来い!」

俺達は、理解できずに

「はあ・・・?」

「仮面ライダー作ってる東映に持ってって見せに行くんだよ。お前らの8ミリライダー。プロデューサーの平山亨と阿部征二ってのがいるから、見せたらいい!」

「ええぇ!!」

俺の頭には、朝日ソノラマの「仮面ライダー総集版」でお二人の名前はインプット済みだったから、

「仮面ライダー作ってる人に会えるの?→撮影所にもいける?!→大野剣友会の人達にも会える!→マジかよ~!!」

頭の中は興奮で爆発しそうだった!

そして、本物の「仮面ライダー」の現場に、近づいていく・・。

To be continued

注1)         才賀企画という芸能プロダクションも持ち、大竹しのぶ、三宅裕二、川上麻衣子などを育てた。

注2)         劇団メガバックスの主宰、演出家。仮面ライダーの奇跡の復活と言われる舞台「戦闘員日記」の脚本家。この芝居は大野剣友会の岡田勝師匠が演出。平山亨プロデューサーが監修し、出演は一文字隼人を演じた佐々木剛氏、ドクトルGの千羽丈太郎がその役を演じて話題となった。ちなみに俺は、第2弾からエグゼクティブプロで参加している。

注3)         桜木健一主演、ガールフレンドに吉沢京子。そして桜木を扱く師匠に先ほど亡くなられた高松英郎が出演。技闘は大野剣友会!プロデューサーは「仮面ライダー」の平山亨氏だった。この作品の中で桜木氏は、仮面ライダー2号、一文字隼人の変身ポーズで構えで闘っている。この型は、剣友会2代目殺陣師、高橋一俊氏が二刀流をイメージして作ったもの。変身ポーズの原型は「柔道一直線」で完成していた!!ちなみに原作は、劇画界の巨匠、梶原一騎で、元は東京ムービーがアニメ企画として獲得していた。

注4)         キャラクタービジネスで、大成功を収めたバンダイの子会社。後に会長にまで上り詰めた杉浦幸昌氏が社長を務めた。変身ベルト、マジンガーZの巨大人形、ジャンボマシンダー、超合金を開発し、ヒーローブームを側面から支えた。

注5)         コンバーターラングとは、仮面ライダーの胸についている、板上の物。原作者の石ノ森章太郎先生はバッタの胸筋をデザイン化したものだが、当時その造形物を見た現場は、ダンボールをくっつけたみたいじゃんっと、不評だったそうだ。

注6)         70年代を中心に、講談社のテレビマガジン、小学館のてれびくん、徳間書店のテレビランドがTVキャラ雑誌としてしのぎを削っていた。97年に廃刊。

注7)         山平氏は東映側と深いパイプを持っていた。当時、仮面ライダーは「スカイライダー」放映の真っ只中。視聴率が今ひとつ振るわなかったこともあり、高校生の俺らが仮面ライダーを8ミリで製作していることに感心して、この業界に導いてくれた。

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2007年3月29日 (木)

仮面ライダーを演じているのは誰?!- スーツアクターと言う言葉シリーズ④

幼稚園、小学校の頃、体も小さく、走ればビリっけつの運動神経“0”、勉強もまあまあの俺は、幼いながらもコンプレックスを感じていた。

 背の準に並べばいつも一番前で、手を腰に置く役。それがいつもいやだった。そんな時にTVのブラウン管から現れた異形の等身大ヒーロー、それが35年前に始まった「仮面ライダー」だった。変身ポーズをとる事で、ヒーローになり、空高く飛んで悪い奴をやっつける!それを見た俺は、変身して戦うヒーローの姿に釘付けになった。変身ポーズをすれば、強くなれるかもしれない!

仮面ライダーになりたい!

心の底からそう願い、変身ベルトとマフラー、出店のお面を被って、“仮面ライダー”になって飛び回って遊んだ。世の男の子は、皆“仮面ライダー”になって、ライダーキックをしていた時代。俺も其の1人だったが、出店で売ってるお面では飽き足らなかった。

頭でてるじゃん!

屋台のお面は頭の後ろが開いていて、フルフェイスじゃないのだ。そこで小学生低学年だった俺は、頭全体を覆う紙製の仮面ライダーマスクを作った。それでも飽き足らず、友達を集めて小学校の学芸会で“仮面ライダーショー”をやるに至る。手製のつぎはぎマスクで、たわいのない子供の“仮面ライダーショー”にも、限られた視界のアクションショーの感触が確かにあった。

 TVの仮面ライダーはV3から、Xに様変わり。

俺の一号、二号は出てないじゃん!

「仮面ライダーX」第一話を見て、前のライダーとは関係のない世界観にガッカリし、同世代の子供同様に子供番組を卒業していく。しかし、親友だった寺田くん(注1)の「仮面ライダーストロンガーに一号、二号が出るぜ!」って言葉に、

ええっっ!!

と驚いた俺は、最終回に近づく「仮面ライダーストロンガー」を見て、小学校低学年の原体験が蘇り、仮面ライダーにハマってしまう。そして、戦隊シリーズの第一作目「秘密戦隊ゴレンジャー」に流れていくのだが、これが当時は画期的なアクションで、5色の戦士がそれぞれ個性豊かなアクションポーズを持ち、最後に並んで決めポーズ。

カッコいい~!

っと純粋に思った。小学校6年生にもなれば、周りの友達は「くだらない!」の一言でこの手の番組は卒業していたが、俺はこの世界の"何か”を汲み取っていた。小学6年生といえば、物事の判別もつく頃で、ふとオープニングにいつも出てくる

大野剣友会

ってなんだ??っと思ってもいた。役名もついてないのに、クレジットされている人達。当時はインターネットも特撮専門誌もなかったから、なんだかわからない。でも子供ながら、「剣ってかいてあるから、アクションしてるのかな・・・」ぐらいの認識だった。俺は東京に住んでいたから後楽園遊園地の“仮面ライダーショー”によく連れて行ってもらった。その野外ステージの看板にも

出演、大野剣友会

と書かれている。

出演、出演て・・・?

そして、其の謎は1978年、(昭和53年)朝日ソノラマから出版された仮面ライダー初のオフィシャルメイキングムック「ファンタステックコレクション No.9-仮面ライダー総集版」(全66ページ)で明らかになる。

(To be continued)

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注1)寺田クンは大野剣友会にも入門し、現在DJでも活躍中のこと。

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2007年3月28日 (水)

「絶対見返してやる!」 スーツアクターという言葉 その3

大野剣友会に入って、1年ぐらい過ぎた頃だろうか。先輩が撮影の合間にADを殴ったというのだ。その理由とは

「お前らの仕事は、ぬいぐるみを着るしかないよ~な仕事だよな!」

と言われたという。結局、その先輩は休業し、剣友会をやめることになった。この時に思ったのは

「どうして俺らって、こうも認められないんだろう・・・」

ということだ。 当時はライダーや戦隊の仕事を説明すると

「ああ、ショッカーの中に入ってる人ね。イー!ってヤツか。」

とか

「あれって、バイトの人とかエキストラがやってんじゃないの??」

って言われて、苦しい思いの連続だった。

「違うんだよ。面の下の仕事は、演技法の一つで、俳優業の中の一つなんだ!」

と、声高にいっても誰も見向きもしてくれない。仮面の中で、汗まみれになり、トランポリンを踏んで飛び上がり、蹴られて吹っ飛んで、台詞も覚えて演技もしているのに、

「どうしてなんだ!!」

って、いつも思っていた。仮面ライダー、戦隊、ウルトラ自体がジャリ番と言われて、その存在自体、世間では大したことないって思われてた四半世紀前の時代に、俺らは

“怪獣の中に入ってる人”

というくくりで、エキストラ同然の認識でだった。

 でも、少なくとも俺は、

「いつか、いつか見返してやる!」(炎上!!)

って思ってた。思えば、それが、俺自身の存在価値を賭けた、アクション俳優としての戦いの始まりだった。

To be continued

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スーツアクターという言葉。シリーズその2

俺は、ブログを始めてから、ミクシーを初めることになったのだが、その流れからアクション俳優、いわいるスーツアクターのファンが物凄く多くことを知りました。(2月23、26日のブログを参照下さい。)そして、まさに昨日、この言葉に対して面(メン)を着けて演じ続ける一線の人達が、あまり好んでいないということを知り、自分が受けた屈辱やらそれを跳ね返すための信念が蘇りました。

 あまりにも深い話になってしまうので、一般の人にはつまらない話かもしれん。でも、やはり書いておかなければ、なぜ面をつけて命がけで働く俺達の仕事が、理解できないと思い、この話をシリーズで話しておこうと思う。

 俺達の存在意義に関わってくる問題なので、是非読み続けてほしいと思います。例え誰も読まなかろうが、やはり主張すべきことはすべきなので、自分のスタンスをはっきりさせて、このシリーズを始めるつもりです。

 俺はスーツアクターという言葉は、正解ではなく、その技法、スーツアクティングが正しい言葉だと思う。従って、俺はやっぱりアクション俳優、ないし俳優が一番フィットする。それが、逆に面を着けて演じてきた我々の誇りだ!

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2007年3月26日 (月)

見よ、ライダーキックの本当の威力!

ライダ~あああああ、キック!!

誰でも聞いたことのあるこの掛け声。仮面ライダーが怪人をやっつけるキメ技だけど、現在放映中のライダーは合成で処理している。

 しかし、昭和の頃のライダーはミニトランポリン(注1)や、大トラ(注2)を使って跳んだ後、怪人に思いっきり当てていた。かく言う俺も、米版ライダーやビーファイターをやっていた時は、実際に跳んで当てるライダーキック方式も採用した。

 子供番組だからと思って、大したことないといったら大間違い。特殊な技術を使わずに、あのキックが当たったら、人間が5メーター以上ぶっとぶ威力がある。

 ライダーキックの撮り方は、ライダー役のスーツアクターがミニトランポリンに走り込み、高く飛んで怪人の胸板めがけて、急降下して足を当てるのだ。この当てるというのが特殊なテクニックで、ジャンプした後、重力を下に向けて、足をうまく胸に当て込む。更に、自分の体を真下のマットに落とすようにバランスを取ってマットに落ちるようにする。そのため、怪人役スーツアクターへのキックのパワーが半減する訳だ。

 一度、アメリカ人のスタントマンが、「俺ならできる!」と胸を張ってトランポリンに走り込んだら、勢いを乗せたままキックして、当たる側のスタントマンをぶっ飛ばして偉いことになった。考えても見てください。体重60キロの人間が、全速力で走ってトランポリンを使って蹴り込んだら、横Gは半端じゃありません。

やっぱりライダーキックは破壊力抜群なのだ!

P.S.良い子の皆さんは絶対真似しないように!!

注1)         俺らは、いつもミニトラと呼ぶ半径1メーターぐらいの円形トランポリン。あらゆる場面の跳び技シーンに使ってます。二人で運べる機動性がなんといっても強みなのです。

注2)         一般的に知られる四角いおっきなトランポリンのこと。高々と回ったりするシーンの時に使ってました。

 

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2007年3月23日 (金)

ヒーロー像は変わった!仮面ライダー電王

仮面ライダー雷王を見た。俺、腰抜かしました。あんなヨワッっちい男の子が、平和を守るなんて・・。っといったら、世の若いママにぶっ殺されるとほど、日本では人気があるそうだ。オモチャの売れ行きもいい、視聴率も高い。

 でも、まてよ、今のスパイダーマンだってヨワッっちいじゃん・・・!?

そう、時代は変わったのだ。

俺たち60年、70年代生まれのヒーローは、女の子に頼っちゃいけないし、ましてや恋なんてとんでもない!女の子は守られる役と相場が決まってた。でも今は、男も女も平等、いや男も女に頼らなきゃ生きていけないのを表に出してこそ、「カワいい人!」っと思われて、「強がってても、私にだけ本音を見せて、フラっときちゃう」って感じなんだろう。俺達が、ヒーローに憧れた姿は、

木枯らし吹き荒れる、ひょうしょうと・・・。独りゆく、独りゆく、仮面ん~ライダ~あああっ・・・

だったんだよなあ。

 仮面ライダーV3を演じた俳優の宮内洋さんが

「孤独で、武器を使わない!これがライダーだ!」

っと言ってた。うん、独りゆくのが男のかっちょよさだった。たった一人で闘うライダーの姿を見て、惚れたんだけど、今の時代はリアリティがないんだろうね。アクションも跳んでる時間の方が長いって印象だし。身近で新しいライダーも素晴らしいけど、そうだ!今度はターミネーター系の屈強で、クールなライダーが見てみたいと。それってありだよね。

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2007年3月22日 (木)

メチャもて! 唐沢寿明さんのライダーマン

仮面ライダーショーで、ライダーを演じた有名日本人俳優はかなりいる。風間杜夫さんも其の1人だけど、俺が一緒に仕事をしたのは唐沢寿明さんだ。

 唐沢さんは、当時東映の主宰する東映アクションにいて、直接の先輩ではなかったんだけど、師匠の岡田勝さんが、好んで彼を使っていた。其の役は、顔が半分出るライダーマンなのだ。唐沢さんは男の俺が見ても、顔立ちが綺麗で、甘いマスク。アクションの動きは軽い感じで大野剣友会とは毛色が違ったけど、若々しさはあった記憶がある。

 彼の2枚目っぷりに驚いたことが一つ。唐沢さんがライダーマンを演じた後、握手会がって子供がずらっと並ぶのだが、中にはマニアの大人がいたりもする。其の中に女の子がいて、唐沢ライダーマンを見るやいなや

「あの、大ファンになりました、握手してください!」

と言っていたのだ。俺はたまたま2号ライダーを着ていて、その隣にいたのだが、

「ひえ~!唐沢さんは顔の下半分しかでてないのに、それでも、それでももてるのかあ!!

っと、すっごい驚いたんだ!だって、顔の下半分だけしかでてないんだぜ!それなのに女の子がよってくる!其の位の美貌(?)の持ち主だったから、ちょっとここでは書けない女性の口説き方も伝授してもらったこともある。でも、全然柄じゃないからやめたけど。というより唐沢の様な美貌はないからっていうのが、大きいのだが・・・。

 その後唐沢さんは、ホリプロから、研音の事務所に所属して有名俳優になった。もう25年も前の話で、本当に月日の立つのは早いものだ・・。

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2007年3月20日 (火)

仮面ライダーを作った効果音の魔術師、太田克己さん

今週の木曜までLAは雨だそうで、今日も昼頃かなり激しい雨になった。空は雲に覆われて、暗いのだ。ウルトラマンのごとく太陽エネルギーが大好きな俺は、どんより天気に、

「暗くなる~」

と思い、最近ハマっている倖田來未さんのバタフライを聞いて元気をだしてます。LAは2月によく雨が降るが、もう3月も下旬なのに雨なのは、ちょっと不思議な感じだ。

 いつもヲタな話をしているが、今日は更に深い効果音の話をしようと思う。映像には日常にはない音が使われているけれど、仮面ライダーのようなファンタジー物はもっと激しく使われる。ライダーなんかは、

「キ~ン、ドギャ~ン!」

なんていう変身音とか

「ドゴアゥアアアアア~」

みたいなライダーらしい派手な殴り音が使われてて、当時其の音が超カッコよかったんだよね。音聞いただけで、強そ~みたいな。それを作っている方が映広音響の太田克巳さんという人で、ライダーの自主映画を作っていた時に、プロデューサーの平山亨さんに紹介してもらった。俺は自主映画の「仮面ライダー」にどうしても同じサウンドエフェクト(昔は効果音っていったなあ)を使いたくて、太田さんのところに尋ねていった。すると思いっきり職人って感じのノリの作業着姿で登場し、作りかけの8ミリライダー作品を見てくれて、

「仮面ライダーの効果音、下さい!!」

と大胆に頼むと

「8ミリに入れるのは無理だと思うけど、作品面白かったから特別だぞ」

と、その効果音を分けてくれたのだ!今から25年も前だから、版権とかあんまりうるさくない時代だったからありえたんだと思う。貰った後は、殴る音やら蹴る音の一つ一つを8ミリフィルムのBトラックに入れて合わせて、更に2重録音で音楽を重ねるというモノクロ時代だったんだよね。ちなみに音声はAトラックだったかなあ。一生懸命一コマずつ映写機をずらして入れていった。あれで、オリジナルの8ミリフィルムもかなり痛んだ。

今のデジタル時代の子供達はマジ羨ましいと思う。映像も編集もPCで自由自在だもんなあ。それで劣化0だから、凄いよね。

10年前に東映ヒーローのパーティでお会いした時に、ハリウッドの「仮面ライダー」を担当してると言ったら、目を細めて「よかったなあ」と、言ってくれてもっと東映ヒーローが世界に広がるようにと願っていた。当時から、爆発なんかが派手になっていくのに危惧していて、「もっと生身の部分でヒーローは演じられるべきじゃない」と、言っていた。くしくも今のCGI時代への提言かもしれない。其の時にライダーの全盛期を作った折田至監督ともご一緒させてもらい、「ヒーローは逞しくなくっちゃいけない」ともおっしゃっていた。お二人とも、ないないづくしで始まったライダーを、生身の体だけで作っていた人達。その言葉には色んな含みがあると思う。折田監督は、昨年9月に亡くなられてとても残念に思うけれど、当時の熱い思い出は俺たちの世代の中で完璧に生きてます。

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2007年3月18日 (日)

大野剣友会のライダーアクションは古い?いや、新しいぞ!

LAは、雨で珍しく曇り空。ちょっと気分が暗くなりがちですが、ちょっと買い物にワイフと日系マーケットに出かけたのだ。その中に、日系書店が入っているのでうろうろすると、やっぱり目につく、ウルトラ&ライダー関係。すると「東映ヒーローMAX」という東映ヒーローの雑誌が出ていた。(知らなくてスマンです)

中を開くとアイドルと化した東映ヒーローの主人公達がでてましたね。今や特撮ヒーロー物は、若手俳優の登竜門だそうで、可愛い男の子やら女の子やらが載っている。一号ライダー藤岡弘さんやら二号ライダー一文字隼人の佐々木剛さん当時は、もっと大人びた濃い系の立ち居振る舞いだったのが、全然ちがうんだよな~。なんせ、ライダーが女性に頼るなんて

「とんでもない!!」

藤岡さんとV3の宮内洋さんが言ってた。(俺的には同感・・・)。それはともあれ、漫画「仮面ライダー・SPRITS」を書く、村枝賢一氏が元大野剣友会で現在はレッド・アクションの上田弘司先輩がインタビューを受けていた。もう8年も日本に帰ってないので、ご無沙汰していていて申し訳なく思ってますが、元気そうで嬉しかった。上田先輩は、スカイライダーやスーパー1の頃に怪人を演じ、ヒーローV3も演じていた。日体大出身らしく、得意の体操テクニックを使っての切れの良いアクションだった。前に新宿でのヒーローフェストのステージで、兄弟のヒーロー「バイクロッサー」と言うのがあったが、上田さんと亡くなった高木政人先輩でヒーローを演じていて、お二人とも大柄ではない体を充分に生かして、そのアクションはマジ・・・、

鳥のように華麗でした。

回し蹴りを使った円を描くアクションが、印象に残っている。改めて思うけれど、俺の青春時代は凄まじいアクションの先輩に囲まれて幸せだったと思う。全員が日本の第一線で活躍したアクション俳優ばかり。そのアクションをバックグランドに、アメリカで生きていけるのは本当に大野剣友会の先輩のお陰で、ありがたいことだ。今のアクションを見ると、それはそれでかっこいいのだけれど、CGIが発達した分、説得力にイマイチかける。

 剣友会の殺陣を古いという人もいるけれど、その古い殺陣の中に凄いリアリティがあるような気がするのだ。CGIのない生身の激闘こそ、

闘いの原点だ!!

古い生身の部分に光を当てて、新しいアクションの再現を俺は真剣に夢見ている。リバイバル物だって現代風にすれば当たるじゃないか。生身のニューアクションで頑張るぞ!っと決意を新たにした上田先輩のインタビューでした。

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2007年3月15日 (木)

50メートルの煙突を片手で登る。「仮面ライダーV3」縁の下の、下の力持ち!上田弘司先輩

TV「仮面ライダーV3」で、大野剣友会の中屋敷哲也先輩が、川崎市営斎場の煙突に登り、コスチュームを着たまま命綱なしで、見栄を切ってジャンプポーズ!これはもう有名な話だ。煙突の高さはなんと

50メートル!!

だもん。でも、ここでもう一つ、命賭けの秘話がある。重いV3のマスクを左手に持って、

50メートル!!

の煙突を片手で登った上田弘司先輩だ。ちょっと説明すると、スーツアクターの世界には面持ち(注1)という役割がある。面(注2)の中に入る俳優だけでは、コスチュームは装着できないので、陰日向と付いて、衣装の着替えや管理をする人がいる。この人を面持ちと言うのだが、当時、中屋敷先輩のお付が、スケバン刑事の殺陣師などをした上田弘司先輩(注3)だった。

 考えてみると、スーツアクターはウルトラマンじゃないから、煙突の上には、パッといけない訳で、てっぺんまで行くのには、はしごを「エッチラ、オッチラ」と登らなきゃいけない訳だよね。まず、中屋敷先輩が衣装を着て、空恐ろしい高さ

50メートル!!

の煙突を登る訳だ。其の時にV3の仮面は被ってないから、当然面持ちの上田先輩が後からはしごを登る。でも面持ちは片手に面を引っ掛けて登る訳で、自由な片手と不自由な片手で長く高いはしごを登らなきゃいけないのだ!!

「考えたら、すっごい!」

なんせ高さはしつこいようだが50メートル!!

「高くなればなるほど、腕が疲れてきて、面が重く感じるし、下に落ちたら絶対死ぬし、ほんと、死にそうだった~」

と上田先輩。其の上、煙突に着いたら着いたで、V3の仮面を中屋敷さんに被せて、安全を考えて、足首を持っていたそうだ。あんま役に立たなそうだけど・・・。

撮影が終わってホッとして、上田先輩は中屋敷先輩のV3の面をはずし、それを持ってまたハシゴを下がんなきゃいけないのだ!当たり前だけど・・・。

50メートル!!

だぜ~。今考えると本当にすっげ~人たちだったんだなあと、笑っちゃいけないけど、笑っちゃうぐらいすごいよなあ。今だったら許されないし、メイキングだけで30分番組ができる!!あがったフィルムを見るとほんと高そうで凄いんだこれが。

まさにNo pain, no gain!

上田先輩、会いたいっす!

注1)         メンモチと読みます

注2)         メンといいます。ちなみに衣装の入っている縦長の袋をズタ袋と呼んでいました。今はどうなんだろう・・。

注3)         上田先輩は日本大学出身で、トランポリンがうまく、仮面ライダーのトランポリンアクションを全てやってます。特にスワンと言われるバック宙は綺麗すぎ!

PS)アメリカで「トリビアの泉」がやっていて、ビルとビルの間を走るのは、どんな職業が一番速いかを競っていた。そこに元JACの柴原考典さんが出演していて、走る前に昔ご本人が演じていた宇宙刑事シャイダーのポーズ!途中で落下の失格だったけど、メチャ癒されました。お疲れ様でした~!!

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2007年3月12日 (月)

膝の痛みと大野剣友会魂

「バン!」
この間、バック転を切って、ジャンプキックの連続技をショーの練習で続けていた時、鈍い音と共に、鋭い痛みが走った。

 「痛っって・・・!!!」

大したことはないと、休まず続けてしまってから、痛みがずっと抜けなくなった。医者に行くとジャンパー膝ということで、安静して2週間すれば直るということだが、休める暇がなく鈍痛が抜けることがない。インターネットによると、癖になりやすく完治は6ヶ月は必要と書いてある。

「そんな休んでられね~よ!」

Flip

 そんな訳で、痛みと付き合いながら蹴りや空中殺法を続けている。大野剣友会時代では、ほとんど怪我はしなかった。「気合いが抜けたら怪我をする。緊張していれば酷い怪我をしないものだ」と大野会長が言っていた言葉だ。そんな男くさい集団だったから、 ヒーロー物の着ぐるみに入る時にニーパッドなどを入れることが、絶対に許されなかった。“それがヒーローを演じる男のプライドなのだ!!”と、言っているような気がして

「か、かっこええ~」(な、涙・・)

 事実、危険度の高いアクションシーンでは、絶対怪我はしない。むしろ、ちょっとした所から飛び降りたりすると、つまらない捻挫をするんだよね。
 そうはいっても、一旦した怪我はやっぱり休まないとなおらない。こんな時こそショッカー(注1)に改造手術してほしい~。手軽な治療法があったら、誰か教えてください・・・。

No pain, no gain!

注1)ショッカーとは、本郷猛を仮面ライダーに改造した悪の秘密結社なのだ!皆知ってるかああ?!

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2007年3月 9日 (金)

質感すごい、村枝ライダー

今日のロスは曇り空。今週から夏時間といって、1時間早くなるので、体調を整えるのが面倒といえば面倒なのだ。今週日曜日はビバリーヒルズのタウンフェストで、サムライアクションのキッズグループがパフォーマンスなので、天気が気になります。
 さて、最近ミクシーを始めたんだけど、旧友&業界人、いるわいるわ。そのコミュニティーに「仮面ライダーSpirits」があるので、即参加。俺はとーぜん村枝賢一先生の書く村枝ライダーの大ファンです。好きな所を上げればキリがないけど、ズバリ言って全部好きなのだ。とりあえずアクションBAKAの範疇では、ライダー衣装のディティールが強烈!
 一号、二号ライダーの面を固定する顎のゴム止め。覗き穴のビス止めの描き込み。中でも「うわ~っ」と驚いたのが、一号、2号のムネ筋の下にある、型を取る時の穴まであるじゃん!思わず自分の持っているライダー本を開いて確認してしまった。(俺もヲタ、入っている。)
 大野剣友会に入門し、本物の初代ライダーの仮面を見た時、神々しい感じがして「これで本当に変身できるんだあ」と身震いしたことを思い出す。仮面はFRP樹脂製で、赤い目が垂れていて、何かを語りかけている様に見えるから不思議なのだ。被ると大きくてかなり重い。その重みと存在感が、正に村枝先生の描く「ライダーspritits」に滲み出ているのだ。
 今は亡き原作者石ノ森章太郎先生がこだわったドクロ。そこからデザインが始まったライダーの仮面。人間の最後に残るその形が、俺達の胸に響いてくるのかもしれないね。

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2007年3月 5日 (月)

女王、女王、女王!義理堅き、特撮の味方!鈴木美潮さん

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最近、友達に進められてミクシーを始めたが、いるいる、旧友とか元仕事仲間とかが、ワンサと見つかって驚いた。「ネットって凄いなあ~」と思っていたら、今や特撮ファンには外せないお茶の間の人気者、鈴木美潮さんを発見したのだ!
 美潮さんとは、ウン十年前(ゴメン)の愛らしき高校時代、お互い師と仰ぐ、仮面ライダーのプロデューサー、平山亨さんを介して知り合った。平山さんのところに遊びにいくと、そこには瞳の大きな長髪の女子高生がいて、「特撮ファンにも、可愛い女の子がいるんだあっ!」と驚いた記憶がある。彼女は、しばらくして海外留学で日本を離れ、帰って来た時には、青い目の友達を東映の大泉撮影所に連れていて、「うわー、外人だ~」とまたまた驚いた。
 俺が、アメリカでアクション監督を始めていたら頃、美潮さんは読売新聞社に入社し、スーパーエリート街道まっしぐら。仮面ライダーの「人間の自由を守る!」精神を心に刻んだまま、政治記者になり、更には特撮界を盛り上げる特撮クイーンになってしまった。一時帰国した時にテレビをつければ、番組のコメンテイターになっていて、「あらぁ、美潮さんじゃん!」ともう一回驚いた。
 彼女はとても義理堅い女性で、俺が一時帰国でお互い時間が取れない中、ご飯でも食べようと約束した。マスコミに身を置く忙しい彼女は、別件の会合があって、既に千鳥足。でも、「ども~」とニッコリやって来て、明日があるのに夜遅くまで、気丈に交友を暖めてくれた。また、彼女の仮面ライダーへの思いは熱く、「留学時代の寂しかった時に、ライダーのビデオを見て励まされた」と言っては、様々な特撮、ヒーローイベントを開催している。そしてなかなか日の当たらない裏方のスタッフや、アクション俳優を取り上げて、特撮界を盛り立ててくれるのだ。そこにも、彼女の恩返しの義理堅さが読み取れて、なんだか嬉しい。今や有名人の彼女の一言は影響力があるから、一アクション俳優としても、本当に在り難い限りだ。
 俺は、少年時代に仮面ライダーに励まされてアクション俳優になり、ライダーの武芸アクションをアメリカで啓蒙することを人生のテーマにしている。考えてみれば、日本の高度成長期に見せられた熱いライダーアクション魂が、自分をここまで育ててくれた。日本の文化を担ったその武芸アクションを海外で伝えることも、アクション馬鹿なりの恩返しかなと思ったりもしている。
 そんなことを思い出させてくれる鈴木美潮さん。これからも、俺達のクイーンでいてください!何気なくDonna も見て応援してますよ。
No pain, no gain!

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2007年3月 4日 (日)

セタアアァプ! 血がたぎる、仮面ライダーソング

「セタップ!セタップ!セタップ!」広大なアメリカ大陸でこんなミュージックを車で鳴らすのは、俺様しかいない!と悦に浸りながら、仮面ライダーの音楽に浸る時がある。
 ヒーロー音楽と日本のヒーローショーは切っても切れないものだ。なんせ、ステージショーがある時は、観客を飽きさせないために、開演前にヒーロー番組の音楽をかけっぱなしにする。なんたって主題歌からエンディングまで、アップテンポで叫び系のノリだから、いやがおうにもアドレナリンは急上昇。こっちはそれ系の音楽を待ち時間を含めて一日中聞かされるから、興奮状態で盛り上がりぱなしだ。
 ショー本番直前は、観客の熱気だけでも緊張状態なのに、ノリノリヒーローソングがガンガンかかって、興奮モードは最高調! 「お願いします!」というスタッフの声で、全員で「お願いします!」と気合一発、バトルモードでアクションシーンに入るのだ。
 今でも落ち込んだ時は、ヒーローソングをガンガン車の中でかけて、自分を励ましたりする。そうそう、この間こんな映像をみつけたので、一見あれ。ライダーは熱いぜ、アニキ!観客もカメラアングルまで熱い!ブルーな時は、元気なれる!「セッタプ!」

No pain, no gain!

そういえば、この間、世界で活躍する人っていうんで、大阪FMの落合健太郎さんの「Morning Jack」に出演させて頂いた。10分でこの世界を紹介するんだけど、あったというまで、100分の1も話せなかったなあ。アクションって深い。

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2007年3月 3日 (土)

蜘蛛男からの手紙、岡田勝師匠

Michiokadasan1
 大野剣友会の殺陣師、岡田勝代表。仮面ライダー第一話、「怪奇蜘蛛男」の蜘蛛男を演じた伝説の人で、俺の直接の師匠だ。岡田師匠と出会ったのは、かれこれ25年前。自作の「仮面ライダー」8ミリ映画を東映に持っていった時だ。この時、平山亨、阿部征二プロデューサーと一緒に見てくれた。雑誌でお顔は拝見していたので、「この人がライダーのアクションを作っている人かああああ!」と思いっきり心の中で叫んでしまった。上映会が終わった後、すぐさま岡田師匠の所に行って、「練習、見にいきたいんですけど」「おう、来いよ」ってな感じで、練習に行き、前のブログに書いたとおりに入会した。
見た目は完璧にO△Xなのだが、内面は非常にナイーブでシャイな人だ。俺は5年目で剣友会を退会したが、その後も俺が変わったことをすると、「頑張れよ!二人でグレードがあがったら、また一緒に仕事をすればいいだろ」と太っ腹でお付き合いをさせてくれた。
 その後、俺は日本のアクションを啓蒙するために、アメリカに旅立つ。数年後にハリウッド版「仮面ライダー」のアクション監督になる訳だが、其の時に嬉しくて、日本でお世話になった皆さんに手紙を出した。
 すぐに返事をくれたのが、岡田師匠と元石森プロのマネージャーだった。岡田師匠は「外国で頑張った。でも大変だったんだろうなあ」と励ましと癒しの言葉を綴ってくれた。「外国なんてわかんねーよ」と苦手にしていて、封筒に書かれたアメリカの住所も身内が書いたのが分かった。それでも手紙を書いてくれたその気持ちがとても嬉しかった。つらかったアメリカでの生活を師匠が評価してくれた。思わず涙したのを思い出す。今でも帰国すれば、一緒に食事をさせて頂いている。
 いつかご恩返しができればと、ハリウッド映画「SHOGUN COP」では日本側のアクション監督をお願いした。仮面ライダーの奇跡の舞台と言われている「戦闘員日記」では、俺はエグゼクティブプロデューサーをやらせて頂いた。
 大野剣友会はヒーロー物から、撤退してしまったけれど、いつかまた味のあるヒーローアクションを見せてほしいと願っている。

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2007年3月 1日 (木)

仮面ライダーが泣いている!3キロダイエットの壮絶なライダーアクション

大野剣友会に入会した時は16歳、高校生だった俺は、岡田勝師匠に「東映で仕事だ!」といわれ、「ロボット8ちゃん」という「ロボコン」のスピンオフの番組に出演した。演じるキャラクターは、テレコミーという、電話のロボット役で漫画家の石ノ森章太郎先生のデザインした電話キャラだ。電話ボックスに手足の生えたような着ぐるみで、かなりの重量がある。台詞も2、3行あって、それにあわせてボディーラングウエッジ。初めての台詞だったので、緊張しながら練習し、気ぐるみを着て本番。大げさな動きで台詞をいって、右手を上げるとザッと大量の水が腕にかかってくるのがわかった。
 撮影が終わって着ぐるみを脱ぐと、なんとそれは自分の汗(!)だったのだ。セットでの撮影で、熱いライトを当てられ、シーンが終わるまで着ぐるみははずせない。腕、足などはラテックス性でできていて密閉されているので、体からの皮膚呼吸が汗となって手先にたまり、手を上げた瞬間にザバッっと落ちてきたという訳だ。これには体力充分の16歳高校生もくたくたになり、家に帰って体重計に乗ったら3キロ落ちていた。この3キロというのは、人間の水分量なのか、次の日には必ず体重が元に戻る。
 そんな激務でびっくりしていたら、岡田師匠がこんな話をしてくれた。アクションステージショーの後は、決まってサイン会があるのだが、大ブ―ムだったライダー1号の時は、観客が多すぎて、いくらサインしても終わらない。すると突然子供が「ママ、仮面ライダーが泣いてるよ!」と叫んでライダーの目を指差した。するとライダーの目の下から本当に涙が出ていたのだ。それは視界を確保する除き穴から伝って落ちたアクション俳優の汗だったのだ!
 ひえ~!っと思ったのだが、其の後仮面ライダーストロンガーの衣装をつけてサインをした時に、その気分を味わうことになる・・・。ライダーの衣装は立ってるだけでもキツイのかあ!

P.S.週刊ゴングの廃刊はガゼのようで、情報というのは本当に恐ろしいことを痛感です。早とちり申し訳ありませんでした。しかし、まだ生き残ってくれるというのは嬉しい限りです。

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2007年2月25日 (日)

スーツアクターという言葉

中屋敷哲也先輩の話の時に、触れたけれど俺自身はスーツアクターという言葉が、まだフィットしないでいる。大野剣友会にいた時代は、諸先輩から「仮面の演技は俳優の技法の一つ」といつも言われていたので、それを分けて考えるという発想がなかった。事実、中屋敷先輩や河原崎洋夫先輩は時代劇の分野で、俳優として活躍しておられる。仮面を演じる俳優という分野も確立されていない時代だった。
 「仮面ライダー」の8ミリ映画をつくっていた時代に知り合った、現読売新聞記者の鈴木美潮さん(特撮クイーン!)のコラムに「スーツアクター」という欄があって、この時に「スーツアクターって言葉はアメリカのスタント業界にある?」と聞かれ「ないね~」と答えて記事になり、自分自身も言葉の定着に一役かっているのかも知れないが、なんか分けて考えることに抵抗があるのは俺だけだろうか。逆にその言葉が成立することが、リスペクトの証拠かもしれないし、アクションと演技のできる俳優と言う意味なのかなあ。そんなことで、ネットでスーツアクターを検索してみると、特撮の味方の皆さんが結構奉ってくれてちょっと嬉しく思ったりもする。ここ7、8年帰国していないので、日本の感覚がドッカンしているから、一時帰国したら岡田勝師匠や、中屋敷先輩、新堀和男先輩などに聞いてみたいと思っている。
No pain, no gain !

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2007年2月22日 (木)

ライダーアクションは人間考察。深すぎる超先輩、中屋敷哲也さん

「ライダ~変身!」一世を風靡した仮面ライダーの変身ポーズ。それを仮面の下で演じきっていたのは、大野剣友会の中屋敷哲也大先輩。はっきりいって超先輩なのだ。この人は藤岡弘さん演じる1号ライダーから9号のスーパー1まで、全ての仮面ライダーアクションを演じた俳優だ。ちなみに今はスーツアクターと言うそうだが、俺は其の言葉に違和感を覚えので、それについては今度書こうと思う。
 中屋敷先輩は物腰の柔らかい人柄で、身のこなしの美しい人だ。背が高くて手足が長いので、なおさら立ち居振る舞いが綺麗に見えるのが羨ましかった。俺が入門した時は、ステージショーで悪ボスとして出演しいて、宇宙刑事ギャバンショーでは、俺がギャバンで中屋敷先輩と対峙した。アクションで対面すると、何かこう包み込まれるようなオーラがあって、不思議な感じがしたものだ。
 前に中屋敷さんとアカレンジャーを演じていたレッドアクションの新堀和男先輩に、鷺宮の事務所の近くで飲みに連れて行ってもらったことがある。中屋敷さんいわく、「新堀、お前の立ち回りに文句言う奴はいないんだから、顔出しのしゃべりの役も含めて積極的にやれよ」「やりますけど、立ち回りはガンガンやりますよ」「そんなこといってないだよな~。俺は」「ガンガン絡みますよ~」「それはいいから、しゃべりもやれよー。」
 優しい中屋敷先輩に対して、アクション一直線の新堀先輩の会話は酔った席だったので、ボケと突っ込みって感じで笑えたが(ごめんなさい!)、中屋敷先輩の「役を演じてこそ、アクションも生きる」ってことを言いたかったような気がする。対する新堀先輩もアクションへの意地とプライドが見えてかっこよかった。
 中屋敷先輩は、ライダーの役を俳優として捉えていて、アクションも俳優技術の一つのツールだと教えてくれた。アクションをするにも、役柄の性格、人間性を洞察し、自分なりに理解してアクションしなさい!ってことなのだ。 社会現象までなった「仮面ライダー」の裏にはこんな人間考察まであったのだ。ああ、深すぎる!
No pain, no gain !

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2007年2月20日 (火)

入門初日。どう見ても○X△の大野剣友会

「ひぇ~、なんだこの人たちは~。」初めて日本アクション総本山、大野剣友会に行った時は、強烈にビビッた。黒のカラテ着にパンチパーマの人ばかり。中に入ると芸能界の挨拶で「おはようございます」と言っているのだろうが、「オエ~ッス」としか聞こえない。玄関には使い込まれた木刀が置いてあり、壁には刀とツバが額に入って飾られている。誰がどう見ても○X△の風体だ。
「俺はひょっとしたら、間違った所に来てしまったのではないだろうかあ・・」と16歳のアクション小僧は、不安を覚えた。一緒にきたライダーフリークの親友、寺田くんも思わず後ずさり。
「これから稽古にいくぞ~」と、木刀を掴んで、皆して出て行く。「どこに連れてかれるんだ・・」と付いていくと、そこはのどかな原っぱ。大のオトナが5、6人で柔軟体操から始まって、木刀の練習にカラテの型、そして立ち回りに入っていく。「お前なあ、打つ前に気合をいうんだよ。じゃないと、相手見ないで蹴り入れたりするから、間合いがあわねーだろ」「オリャ~!」「声は短めじゃないとタイミングわかんね~んだよ。蹴り入れるぞ、バカ野郎」「オゥ!こうですか?」「そうだ、そうだ」。などとと前蹴りしながら野原でやっているから、普通の人が見たら「なんだこの人たちは~」とこそこそ逃げていく。
事務所に帰ったら、「さ~、やりますか~」「いいっすね~」とか言いながら、俺に背を向けて、卓を囲んでジャラジャラとマージャン大会。子供の世界しか知らなかったアクション小僧には強烈すぎる風景が目の前に展開して「なんなんだ、ここは~」と思ってしまったけれど、「こんな人達が仮面ライダーのアクションをやっている。これぞ男の世界なのかあっ!」とドキドキしてしまったのだ。良く学び、良く遊ぶを実践?!している大野剣友会の入門初日だった。

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2007年2月16日 (金)

神様からの御褒美?!仮面ライダーの変身ポーズ。

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当初、、ハリウッド版「仮面ライダー」米題「Masked Rider」にも、変身ポーズはなかった。これは日本とも同じで変身への意味づけが薄かったためだと思う。主人公のDexくんが(なんと少年なのだ)、「アクト・フェイス・アクティベイト!」叫ぶだけで、ライダーに変身した。アクション監督の俺は、「ここぞ、俺の出番!」と思い、プロデューサーのボブに、「変身ポーズをつけさしてくれ!」と直談判して変身ポーズをつけた。右手を上げて、両手を振るポーズはパワーが宇宙から落ちてくるのをイメージした。なんせアメリカ版ライダーは宇宙の王子!という設定だったからだ。
 16歳の時に、8ミリ映画で仮面ライダーの変身ポーズを演じていた小僧が、大野剣友会を経て、大好きだったライダーの変身ポーズを自ら創造する。それもここはハリウッドなのだ。その出来上がったフィルムを見た時は、信じられない思いで一杯だった。
頑張れはできる。「神様が御褒美をくれたのかな」と思ったものだ。学生時代から、俺を知ってる友人達は、お前らしいなあと、褒めてくれたものだ。
No pain, no gain !

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2007年2月14日 (水)

スケバン刑事 高木政人先輩の遺言状

Takagisan
初代スケバン刑事と言えば、アイドルだった斉藤由貴さん、南野陽子さんが演じていたが、彼女達のスタントや、朝のコメディ番組「ペットントン」などの主役をやっていたのが、大野剣友会の高木政人さんだ。一つ上の高木先輩は小柄でその特徴を生かして、こまやかで基本に忠実なアクション、そして演技を得意とした。東映の大物プロデューサー平山亨さんをして、彼のスーツアクティングは天才的だと言わしめるほど、表情のない着ぐるみに喜怒哀楽を持たせていた。ペットントンは全く動けない卵のようなぬいぐるみだったが、高木先輩が中に入ると、悲しいシーンは悲しそうに見えるから不思議なものだ。 「スケバン刑事」では、斉藤由貴さんらの特徴をつかんで、女らしい動きでアクションシーンの吹き替えを演じていた。
高木先輩は、撮影で時間があくと、俺をセットの横に連れて行き、「おい、かかってこいよ。そうじゃねーだろ」など言って稽古をつけてくれた。食事に連れていってくれると、「お前はいいなあ。俺が剣友会に入った時は、若手が俺しかいなくて、皆にしごかれたんだぞ」と厳しい上下関係を教えてくれたが、俺らにはそんなことを強要せずに、気さくに接してくれた。よく替え歌で人を笑わしたり、憎めない悪戯をして現場を和ませてくれるお茶目な人だった。そんな高木先輩の口癖は「人間はいつか死ぬんだから、好きなことを思いっきりやってる方がいいぞ」だった。
 ある日、平山さんとミーティングをしている時だった。「高木くんが交通事故にあったそうだ」。すぐに病院に駆けつけると、頭に包帯をまいた高木先輩が、ベッドに横たわっていた。生命維持装置を付けて、呼吸をしている。
ショックだった。
長男だった俺は初めて兄貴が出来たような気がして、とても嬉しかったのに。岡田勝師匠も傍らにいて、人目も気に留めずに泣いた。
 平山さんは、裏の演技で東映の番組に貢献した高木先輩のドキュメンタリーをつくりたいとTV局に働きかけてくれた。自分も8ミリをもって、お葬式を取るように頼まれた。高木先輩は結婚したばかりの20代前半。奥様は大きなお腹を抱えていた。それも映像として撮らなければならない。つらかったけれど、高木先輩の番組を作れるならと、一生懸命フィルムを回した。すると突然カメラが止まってしまった。岡田さんには「馬鹿やろう、早く直せ!」と言われたが、どうにもならない。今思えばそれも高木先輩のいたずらだったような気がする。お葬式の後、剣友会の事務所には「君の意思は僕たちが引き継ぐ・・」という誓いの言葉が立てられた。
 
あれからもう、20年がたっている。「好きなことを後悔しないように、思いっきりやれ!」 今も高木先輩はアクション馬鹿の心の中に生きている。
No pain, no gain!

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2007年2月11日 (日)

アクション馬鹿は二度死ぬ?!

日本、アメリカを通じて、色んなアクションの経験をしてきたけれど、これはヤバイ!と思ったアクションが二度ある。怪我、失敗を話すことははっきし言って恥なのだが、こんな世の中なのでええい、話してしまおう。
 一つ目はステージからの転落だ。石で出来た床に2メーターほどあったステージからバック転しながら目測を誤って転落。受身をとってことなきを得たが、バック転の勢いもあった分、頭から落ちたらいってたと思う。 
 もう一つはスカイライダーのステージショーでのこと。スカイライダーの乗ったスカイターボ(バイク)に突っ込んで、トンボ(前宙)を切りながら当たったように見せるアクションだ。バイクの左側にトンボを切ろうと思ったが、目測を誤って右側に行きそうになった。それを悟ったバイクスタントの矢沢さんが、左にハンドルを切った。俺は、其の前に軌道修正をし、左側に回転しようとして二人で同じ方向に向かっていたのだ。いまでもその光景は目に焼きついているが、これは、完全に引かれると腹をくくったのを覚えている。向こうはステージ上とはいえ、50キロは出ていたと思う。そんな時、人間の脳裏に色々なことが浮かぶのは、本当のようで、「しょーがねーなー」とか「いったら、早すぎるかな」とか瞬間的に思った。
 すると、矢沢さんはハンドルを鋭く切って、寸前でUターンしてくれた。さすがは、V3から歴代のライダーを演じてきたバイクスタントマンだった。
 そんなこともあったけれど、大きな怪我はなく、緊張感を最大限に上げながらアクションを楽しんでいる。
No pain, no gain!

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2007年2月 8日 (木)

頭を打つまで、受身の練習。大野剣友会の突撃猛稽古

Dragonvsmichi
芸は身を助けるとは、本当によく言ったもので、私は今だに大野剣友会の空手・刀アクションで生きている。
16歳で入門当時の稽古はとても苦しかった。そう、トレーニングというより、稽古という響きがピッタリの練習だ。今、人に教える立場にもなって、これほど非科学的な稽古はなかったのではないだろうか?「柔軟?甘えるな。ニーパッド?、何軟弱な物をつけているんだ?!」と叱られる。必死でやれば、絶対出来るという突撃稽古だ。
蹴り、100本、殴り100本。相手の攻撃の避け(千鳥)100連発などの基本の動き。其の後、トンボ、背落ち、体操のテクニック。受身のトンボを数十回やらされると、筋力が落ちてきてジャンプできなくなる。頭を床にこするようになり、したたか打つと「お前、休め!」「ハイ!」ってな感じだ。強引なバック転の練習で指の骨を折った同期のDJ寺田君(今はDJをやっている)は、「ばかやろう!」の一言で、病院送り。更に、木刀の稽古を付けられる。
 撮影の日は、時間が空くと、先輩にセットの脇に連れて行かれ、稽古。ショーに行けば、朝から、晩までアクション。それでも、キツイと思わなかったのは、たぶん剣友会の武道アクションが大好きだったからだろう。興味のあった友達をつれてきても、キツクて其の日でやめてしまったが、何でだろうと思ったぐらいだ。それに16歳の小僧が、芸能界という大人の世界を体感出来るのが、エキサイティングだった。
 厳しい稽古が終わると、事務所に戻って、先輩がラーメンをオーダーして食べさせてくれる。厳しい稽古で腹が減っているので、それがとっても美味しかったし、御褒美のようで嬉しくもあった。
 そんな稽古が身に染みていて、40過ぎの中年になろうが、アクションは元より、バック転、空中回転、トランポリンも昔通りにできる。インサイドワークが上達した分、コンディションは闇雲に動いていた20代より遥かに良い。
 今では何歳までトンボ(空中回転)を畳一畳の上で切れるか、人生の挑戦ぐらいに思っている。
No pain, no gain!

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2007年2月 7日 (水)

サムライ俳優、藤岡弘さんの男気

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仮面ライダーの俳優と言えば、真っ先に名前が挙がるのが、藤岡弘さんだ。ハリウッド映画「Shogun cop」の制作に乗り出していた1999年当時、どうしても藤岡さんに出演してもらいたくて、師匠の大野剣友会、岡田勝さんに紹介してもらった。主演映画「Shogun cop」は自分にとって、プロフェッショナルの仕事としては、最大の失敗作になってしまったものだが、それは後々のブログに回すとして、とにかく低予算での製作だったので、信じられない交渉で藤岡さんと接した。
 自分の生い立ちから岡田さんとの出会い、単身ハリウッドに渡ったこと。そして自分のアクションのデモテープまで見せてのマシンガントークで必死に説得した。「ハリウッドで、サムライアクション映画を作りたい。そのためには藤岡さんが必要です!」
 仲の良い岡田さんの紹介とはいえ、大俳優の藤岡さんに初対面でここまで強引に話す奴もいなかったのではないだろうか。でもハリウッドで日本人俳優として単身主役を張った藤岡さんだったからこそ、アメリカ人との苦労も理解してくれたのだと思う。本当に信じられない出演料で出演を承諾してくれた。
 「何時までも男気を持って、夢を持って挑戦しよう!」といつも語る藤岡さん。それを「Shogun Cop」への出演交渉の場で見せてくれた。ファンタスティック映画祭での上映会では、政治的問題で舞台挨拶を控えていたら「お前、主演なのに何やってるんだ!早く舞台で挨拶してこい!」と一喝されて出て行ったら、舞台上では、主演俳優の登場に歓声が沸いた。
 其の後、藤岡さんの前で不覚にも涙を流してしまったが、其の涙はあまりの失敗作で、藤岡さんの男気にお返しできなかった無念からだった。
 いつも頼りっぱなしの俺に対して、今でも付き合いを続けてくれる藤岡さんだ。
No pain, no gain!

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2007年2月 5日 (月)

石ノ森章太郎先生との夢

仮面ライダーの原作者、石ノ森章太郎先生には、ことあるごとに挨拶させて頂いた。初めての出会いは俺達が作った仮面ライダーの8ミリ映画の鑑賞会だ。当時としては、かなりの出来だったらしく、マネージャーの加藤昇さんの仲介でその作品を見てくれた。「100点満点で85点というところかな。」とのコメントをくれ、そのインタビュー8ミリ映像は我々の手元に残っている。
 その後、ハリウッド版「仮面ライダー」のアクション監督が一段落、先生とお会いでき、嬉しくてマシンガンのようにそのことを報告すると「いやー、話が途切れないので、相槌打つ暇もないよ」と笑われた。
仮面ライダーをいつか、一緒にやりましょうと話し、お付き合いの続く中で、他にも作品を一緒にやりたいですねということになったが、その最中、病にお倒れになった。それでも病床から電話でやり取りしてくれていたのだ。お亡くなりになった時、日本に一時帰国して、お葬式に参列させて頂いた。とても艶やかなお葬式の風景で、先生がなんだか美しい国に旅立ったように思えた。
 病気のために作品製作がすすまず、お詫び代わりにライダーなどの人形にサインを添えて、アメリカまで郵送してくれた石ノ森先生。あれほどの巨匠なのに、小僧のアクション監督ごときに、少しも威張る所なく、誠実に接してくれた。
 いつか一緒に作品をやりましょう。その夢は叶わなかったけれど、自分が石ノ森先生から頂いた、ライダーアクションを発展させ、サムライアクションとして結実させるよう、頑張って生きていきたいと思う。
No pain, no gain!

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2007年2月 4日 (日)

大先輩、新堀和男氏の優しさ

 古くは仮面ライダーアマゾン、大野剣友会退会後は戦隊ヒーローの赤を演じ続けてきた新堀先輩。新堀さんとの出会いはチェンジマン、スーパー1の頃だ。稽古を付けてもらったり、TV、ステージショーで絡ませて頂いた。とにかくアクションシーンになると、前に出てくるアクションで怖いくらいの闘争心だった。
 新堀さんが仮面ライダースーパー1をステージショーで演じていた時、俺は敵の怪人。アクションを間違えて、新堀さんのパンチがもろに顔面に入ってしまった。鼻血を出した痛みよりも、後で怒られる方が怖かった。
 ショーの後「お前が悪いんだぞ」と言われ、「すみませんでした」というしかなかった。その後もショーや稽古でご一緒させて頂いたが、ある日、何かの帰りで車で送ってもらったことが在る。その時に一言「疲れたろ・・」と言ってくれた。
 日頃、厳しい新堀先輩だったが、最後に気使う一言で、優しさというのはこんなものなのかなあと感じたものだ。10数年後、俺がアメリカで「ビーファイターカブト」のアクション監督をしていた時、現場を見に来てくれ、「回りはアメリカ人だけで大変だなー」と癒しの言葉に、前の一言を思い出した。昨年にはマネージャーの奥様からサムライアクションとの提携を申し出てもらい、本当に光栄だった。今後、新しい仕事でご一緒させて頂ける日を楽しみにしているのです。
No pain, no gain!

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2007年2月 3日 (土)

「馬鹿ヤロウ!何やってんだ!」大野剣友会 日本武芸の教え

70年代、日本アクション業界のトップを走っていた大野剣友会で教わったことは、技術だけではない。技術はある程度の年数を経験すれば、誰でも習得はできる。だが、心構えによって、その技は生きもするし、死にもする。  入門当時、仮面ライダースーパー1のステージショーに出演した。殺陣師は、ライダーのアクションを付けていた岡田勝師匠、悪の首領を歴代ライダーを務めた中屋敷鉄也大先輩だった。俺は敵の忍者役と戦闘員の二役を担当した。そのアクションの中で側転からバック転3連続のテクニックがあった。しかし、戦闘員の視界が狭く、目測を誤って舞台からバック転のまま2メートル下のフロアに転落した。運良く受身を取って怪我をせず、そのままアクションを続けた。  終わった後、岡田師匠がよって来た瞬間、16歳だった俺の頭に浮かんだ言葉は「大丈夫か?!」。しかし師匠の言葉はなんと、「馬鹿ヤロウ!何やってんだ!」。期待した言葉との真反対の言葉に目を白黒してしまった。とっさに俺は「すみませんでした!」と頭をさげたが、その時とっさにこれではいけないのだと思った。  岡田師匠の真意は自分の動きには責任を持て!ということだったのだと思う。自分がアクション監督になってわかったことなのだが、アクション監督は各俳優の対応能力、精神力を見極めてアクションを創造する。お前を信じてアクションを付けたのに、失敗するのは何事か!と怒鳴ったのだ。  それ以来、怪我は自分の失敗、己の動きには責任を持たないと思った。当時はその意味合いを鮮明には理解はできなかったが、怒鳴られてもいやな気持ちにならなかったのは、師匠と自分との信頼関係を感じたからだろう。ねぎらいの言葉より、愛情のある叱咤。その時の感覚は20年以上たった今でも消えることはない。

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2007年1月30日 (火)

ライダープロデューサー、平山亨さんとの思い出と交流

Hirayamasan_1  最近、日本の漫画で村枝賢一氏の書いている「仮面ライダーをつくった男達」というのが、売れているようだ。仮面ライダーで思いっきり育った、俺にとっても、これは嬉しいことだ。石ノ森先生はもとより、プロデューサーの阿部征ニさん、そして平山亨さんらは現役バリバリのころから、俺のことをとっても可愛がってくれた。特に平山さんは、俺らの作った自主映画を忙しい中、何度も見てくれた。別に会わなくても良い小僧達の相手をしてくれ、次の映画を楽しみに待っていてくれた。俺が大野剣友会に入門し、東映大泉の撮影所でばったり会ったときは、目を丸くして驚いていた。平山さんは、コスチューム姿の俺を見て「こんな苦難の道に引き入れてしまって、親御さんには申し訳ない」と、常々おっしゃってくれ、結婚式の時には、挨拶を引き受けてくれて、二人何時までも仲良くするようにと話してくれたことは忘れられない。  そんな優しい人柄の平山さんは、現役当時からファンをとっても大切にしてくれ、イベントに呼ばれれば、お金も貰わないのに、はせ参じている。今回ファンの一人でもある、村枝氏によって大きく取り上げられ、注目を浴びてとっても嬉しかった。思わず国際電話をかけるとお元気で、あのエンドレスのマシンガントークは健在で電話を切るタイミングがないほどだった。これからも平山さんの功績を自ら語り伝えてほしいと思っている。

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